デッキに向かっているときだった。
「……何か、あったのですか?」
 どうやら、与えられた私室に戻るところだったらしいレイと顔を合わせてしまった。
「気にするな」
 そう言っても無駄だろう。そう思いながらもこういう。
「……そうですか……当然、のことですね」
 しかし、ここであっさりと彼は引き下がる。それは、彼がきちんと自分の立場をわきまえているからだろう。
「終わってからなら、話しても構わないだろうが……今は、時間が惜しい」
 ここで彼に関わっていたせいでラクスを失ってしまった。そんなことになれば、悔やんでも悔やみきれない。
「……お手間を取らせて、申し訳ありません」
 それが伝わったのだろう。レイは素直に引き下がる。
「悪いな」
 取りあえず、こう言い返すとアレックスは移動を再開した。そんな彼の背中をレイが静かに見送っている気配が伝わってくる。
「まぁ、あいつの気持ちもわからなくはないが……」
 自分たちがこれから戦う相手は、彼にとっては同僚なのだ。いくら割り切ったつもりでも、複雑な気持ちがわいてきて当然だろう。
「……それすらも振り切っているバカはいるようだがな」
 あれだけ自分たちから言葉を投げつけられても、まったく答えた様子はない……と言うのは流石と言うべきなのだろうか。
 それとも……と想いながらもさらにデッキの方へ進んでいく。
 本当であれば、このままジャスティスに乗り込んでやろうか。
 時間を短縮するにはその方がいい。
 しかし、それがばれた後が怖い。絶対に、ラクス達からあれこれ文句を言われるに決まっている。
 何よりも、そのせいでキラの精神状態が悪化しては意味がないだろう。
 自分だって、それは望まない。
「本当、邪魔な存在だよな……アスラン・ザラきさまは」
 離れていったのであれば、そのまま姿を見せなければよかったものを。そうすれば、キラをあんな風に不安定な状況にさせずにすんだのだ。
「やはり……物理的にキラから遠ざけるしかないだろうな」
 一番いいのは、さっさと捕縛して、どこかに押し込めておくことかもしれない。
「しかし、それは今ではないな」
 今はラクス達を安全な場所に逃がすことのほうが先決だろう。
「ラクスがいれば、少なくともキラの防波堤が増えるからな」
 アスランに関しては、彼女が何とかしてくれるはず。
 それでなくても、ラクスの存在がキラの精神に安定をもたらしてくれるのではないか。
「少し悔しいがな」
 それも、自分たちの選択の結果だからしかたがない。こう呟きながら、控え室へと体を滑り込ませる。そして、手早く着替えを終えた。
「準備できてるぞ」
 襟元をなおしながらデッキへと足を踏み入れれば、マードックが即座に声をかけてくる。
「お姫様はまだ無事だそうだ。代わりに、バルトフェルド隊長が苦戦しているらしい」
 やはり、あれがいるから……と付け加えられた言葉に、アレックスは顔をしかめた。
「わかった。すぐに出る」
「了解」
 ジャスティスに近づいていくアレックスとは反対に、マードック達は離れていく。
 そんな彼等に片手をあげて合図をすると同時に、コクピットに体を滑り込ませた。シートに腰を下ろすと同時に、ハッチを閉める。
 手慣れた手順で機体を起動させた。
 同時に、モニターに外部の様子が映し出される。
 そこでは整備員達が最後まで外部から機体の様子をチェックしようとこちらを見つめていた。
 それも、ある意味見慣れた光景だ。
 そんなことを考えながら、ジャスティスをカタパルトの方へと移動させていく。その時、視界の隅にフリーダムの姿が確認できた。
 あれを出撃させることがなければいい。
 少なくとも、戦場のあの場にいなければ、キラはあそこまで苦しむことはない。
「無理だとは、わかっているんだが、な……」
 キラの力があるからこそ、自分たちは前に進むことが出来る。それは十分に身にしみていた。
 だからこそ、だ。
 だからこそ、彼をしっかりと支え守らなければいけない。
 アスランだって、少なくともオーブを離れるという結論を出したときには、そう考えていたはずだ。
 それなのに、とアレックスは顔をしかめる。
 今は自分に対する嫉妬と憎しみで一番重要なことすら忘れているではないか。そして、そのせいでキラはさらに追いつめられている。
「だから、みんなに『排除しなければいけない』と言われるんだ、お前は」
 自分の選択の結果である以上、何があろうと素直に受け入れなければいけないだろう。
「まぁ、それもラクスが何とかするか」
 彼女に任せておけば大丈夫。そんな予感がある。そして、それは現実になるだろう。
 いや、そうしてみせる。
「不本意だが……キラのためにはそれが一番いいんだろうな」
 小さなため息とともにこう呟く。
 だが、次の瞬間にはしっかりと前を見つめた。そして、そのまま所定の位置へとジャスティスを進めた。
「アレックスだ」
 そのままCICへと声をかける。
『了解。これから発進シークエンスを開始します……無理をしないでよ?』
 最後に付け加えられたミリアリアの言葉に、アレックスは苦笑を浮かべる。
「わかっている」
 言葉を返せば、彼女もまた苦笑を浮かべた気配が伝わってきた。
『発進、どうぞ』
 そして、そのままこう告げられる。
「了解。アレックス・ディノ、出る!」
 言葉とともにスロットルを全開にした。