月の裏側に高エネルギー反応があることをセンサーがキャッチしたのは、翌朝のことだった。
「……何が……」
 身支度を調える間もなく軍本部へと駆けつけたキラが目の当たりにしたのは、月からプラントへと延びる一条の光だった。
「おそらく……レーザー砲ではないか、と」
 即座に管制官の一人がこう言葉を返してくる。
「月周辺に打ち上げられていた衛星が、あれを反射するための役割を持っていたようです」
 オーブの軍事衛星からの情報を確認しながら、さらに言葉を重ねてきた。
「それでは……世界中のどこであろうと、あれの照準を合わせることが出来る、と言うことではないか」
 プラントだけではなく、地球上のどこであろうと安心は出来ない。カガリはこう言って唇を噛む。
「早々に破壊しないといけない、って事か」
 あんな物を残しておけば、いずれ利用しようとする者達が出てくる。
 ならば、使えないように破壊してしまう方がいい。
 そう判断したのだろう。カガリはさらに言葉を重ねる。
「……確かに、それがいいのかもしれないね」
 存在がこの世界から消えれば、利用しようとしないだろう。しかし、連中が大人しくそれを許可してくれるだろうか。ブルーコスモスにしてみれば、あれが最後の砦なのではないか、と思う。
「キラ……」
 そんなことを考えていたときだ。カガリが小さなため息とともに呼びかけてくる。
「何?」
 モニターから視線を放すと彼女へと視線を向けた。そうすれば、彼女の綺麗な琥珀の双眸が真剣な光をたたえて自分を見つめているのがわかった。
「悪いが……例の条件、飲んで貰うぞ」
 オーブ軍として動く以上、と彼女は続ける。
「私が一緒に行けるのであれば、そのようなことは必要ないのかもしれない。だが、今、私はオーブを離れられない」
 これ以上、この国を混乱の渦にたたき込むことは出来ないから、と彼女は口にした。
「わかっているよ、カガリ」
 今、オーブが辛うじて《国》として機能しているのは、カガリがこの場にいるからだ。
 もし、今、彼女がこの地を離れれば、ブルーコスモスの残党が再びこの地を手に入れようと動き出すことは目に見えている。そうなれば、今以上の混乱がこの国を覆うだろう。
「その代わり……お前の希望は最優先で通るようにしておく」
 政治に関わらない範囲では、とカガリは口にした。
「なら……」
「あれも、連れて行きたいというなら、連れて行け。ただし、二人だけであうことは禁止だ」
 せめて、アレックスを側に立たせておけ……と彼女は続ける。
「カガリ」
「お前の判断を信用していないわけではない。ただ、私が不安なだけだ」
 これ以上、大切な存在を失いたくない。だから、と彼女は真っ直ぐにキラを見つめてきた。
「私の家族は、もう、お前だけなんだぞ」
 おそらく、近いうちに、人々は《カガリ・ユラ・アスハ》と言う名の代表だけを求めるようになるだろう。それは軍人もその他の者達も同じだ。
 そんな自分がただの《カガリ》と言う存在に戻れるのは、キラ達の前だけなのではないか。
 だから、と彼女は告げる。
「大丈夫だよ、カガリ」
 僕は死なない。
 そして、みんなも死なせない。
 キラは微笑みとともこう宣言をする。
「そのために……一時的に、君が用意してくれた地位につくことは、飲むよ」
 ただし、あくまでもこの戦いが終わるまでだ、と彼は続ける。
「キラ?」
「僕は……あまり、表に出ては行けない人間だから」
 今回のことがなければ、ひっそりと暮らしていっただろう。それで十分だと思っていた。
 しかし、今はそういうわけにはいかない。
 それがわかっているからこそ、自分は戦うことを選んだ。
「強すぎる力は、自分を傷つけることになる。だから、だよ」
 それでも、カガリのために力を使うことはいやではない。何よりも、この戦争を終わらせなければいけないのだ。だから、そのためにだけ、自分はカガリのために地位を得る。
 それで妥協をしてくれないかな? とキラは小首をかしげてみせた。
「まったく、お前は……」
 カガリが先ほどとは違った意味でため息をつく。
「まぁ、そういうお前だからこそ、みんなが手を貸そうとするんだろうな」
 しかたがない、妥協してやろう……とカガリは口にする。
「その代わり、私の部下でいる間はこき使わせてもらうがな」
 だが、すぐにいつもの笑顔を作るとこういった。
「……その前に、ラクスにこき使われそうだけどね」
 いや、絶対にこき使われるに決まっている。
 そう付け加えるキラに、誰も反論をしてくれない。
「その前に、アレックスが動くだろうが……」
 いっそ、と心の中で何かをカガリが呟いている。だが、その答えを問いかけてはいけない。何故かはわからないが、キラはそう確信をしてしまった。

 そのことをアレックスに告げれば、彼も同意をしてくれた。
「……カガリとラクス。二人がセットで何かを企んでいるときには、絶対口を出すな。お前なら被害は少ないだろうが、それでも万が一のことがあるからな」
 真顔でそう言われて、キラは反射的に頷いてしまう。
「でも、アレックスが守ってくれるんだよね?」
 そのまま、こう問いかければ、彼は彼で頷いてくれた。