コーヒーを淹れていれば、まるで狙いすましたかのようにカガリが顔を見せた。 「キラは?」 疲れているのだろうか。いつもよりは力がない声音で彼女はこう問いかけてくる。 「逃げた」 苦笑と共にこう言い返す。同時に、カップにコーヒーを注いだ。そのまま彼女へと差し出す。 「……だから、待て、と言ったのに」 まったく、あいつらは……とため息をつきながら、カガリはそれを受け取った。 「あぁ、違う」 オーブ軍人から逃げているわけではない、とアレックスは苦笑と共に言い返す。 「キラが逃げているのは、劾からだ」 この言葉が予想外だったのか。彼女は目を丸くする。 「どうして、あいつが?」 「キラの技術が欲しいそうだ」 他にも理由があるようだが、とそう付け加えた。 「キラが応じるなら、もれなくお前も付いていくからだろう?」 それだけではなく、アークエンジェルのメンバーからも追いかけていく者がいるかもしれない。そうなれば、あちらとしては濡れ手に粟で有能な人物を入手できるだろう。 しかし、それではこちらが困る、とカガリが呟いている。 「ラクスが許可を与えたらしい」 そんな彼女に追い打ちをかけていいものかどうか。そう考えながらもアレックスはさらに言葉を重ねる。 「ラクスが?」 その瞬間、彼女は思いきり渋面を作った。 「何を考えているんだ?」 「悪い考えではないだろう? 少なくとも、あちらであればキラは何かに縛られることはない」 それに、万が一の時にも逃げ出しやすい。キラの負担になりそうなことは断れるだろう、とそう続けた。 「もっとも、あくまでもキラの希望優先、だそうだ」 下手に話をすれば押し切られるのがわかっているから、キラは逃げ回っているのだろう。アレックスは苦笑と共にこう告げた。 「そう言うことなら……こっちの話をさっさと進めるか……」 どこかほっとしたような表情でカガリはカップに口を付ける。 「……それでキラが『逃げる』と言ったら、万難を排すつもりだからな、俺は」 そして、逃げきれる自信もある……と心の中で付け加えた。その時には、間違いなく劾が協力をしてくれるはずだ。そうすれば、少なくとも自分の技量を彼等は手に入れることが出来る。 「……それは、困るな」 アレックスはともかく、キラにいなくなられるのは困る……とカガリは真顔で言ってきた。 「なら、どうすればいいのか、わかっているだろうが」 きちんとキラと話し合ってから物事を進めろ、と言外に告げる。 「そうだな。時間的に厳しいが、キラを失わないために頑張るしかあるまい」 あいつと同じ間違いだけはしない、と彼女は続けた。 「そうだな」 話し合うことも拒否して逃げたくせに、自分の存在外までもキラの中に根付いていると信じている大馬鹿者。 そして、その気持ちをあの男に利用されていると認識もしていない。 「ただ、お前はキラの中で占める場所があいつとは違う。それだけは忘れるな」 「わかっている。でも、お前だって自分を卑下するな」 キラにすれば、アレックスの方が本当の意味での《親友》だったのではないか。でなければ、アスランが逃げだしたとはいえあっさりとアレックスを受け入れるはずがない。カガリはこう言って笑う。 「親友どころか、今はそれ以上の関係だろう、お前達は」 そうなれたのはアレックス自身の努力の結果だ……とカガリはさらに付け加える。 「取りあえず、礼を言っておくべきなのだろうな」 許可をもらえていることに、と苦笑と共に問いかけた。 「お前でなければ、ぶん殴って追い出しているさ」 いくら、キラが望んだとしても認められない相手という者がいる。それもよくわかっているから、と彼女は笑う。 「で? 今、キラはどこにいるんだ?」 話を出来る状況ならしてきたいのだが、とカガリは問いかけてきた。 「レイ・ザ・バレルの所だ」 彼女のことだ。調べようと思えばいくらでも方法がある。だが、その時にどのような騒ぎになるのか、それを考えれば、先に教えておいた方がいいのではないか。そう判断をして、アレックスはあっさりと答えを口にした。 「アレックス!」 「大丈夫だ。少なくとも、レイの方にはキラを傷つける意志がない」 今は、とそうも付け加える。 「何よりも、キラがあいつと二人だけで話がしたい、と言ったんだ」 キラの身に危険がないのであれば、自分はその希望を叶えてやるだけだ。アレックスはそうも付け加える。 「……でも、いったい何故……」 そんなことを言い出したのか、とカガリは呟く。 「キラにはキラの考えがある。それではダメなのか?」 何よりも、そこであれば知らなければ探しに行かないだろう? とアレックスは問いかける。 「そうなんだが……」 「大丈夫だ。レイとは、キラ相手にあいつのことを話題に出さないと約束してある」 約束を破るような奴だとは思えないからな、と笑った。 「少なくとも、あいつの目的を果たすまでは、だ」 自分とアスランの決着。それが見たいのだ、と彼は告げていた。 それは自分も知りたいな、とそう思う。 「お前がそういうなら、信用しておこう」 カガリはそう言って頷いてくれた。 |