希望に反して、状況は最悪の方向へと進んでいく。 「……では、僕たちは先に行っています」 少しでも多くの民間人が避難できるよう、時間を稼ぐ……とキラは告げる。 「そうだな。俺たちが出て行けば、こちらに攻撃が集中するだろう」 時間的制限がない以上、自分たちが先行した方がいい。アレックスもまた頷いてみせた。 「でも!」 「その間に、カガリは軍本部だけでも掌握していてくれ。軍人がこちらの指示に従ってくれるのとそうでないのとは大きな差だからな」 オーブの軍人まで敵に回しては戦えない。そういう彼にカガリも何かを考え込むかのような表情を作った。 「……わかった……」 どこか憮然としているのは、そちらの方が安全だと考えているのかもしれない。 「確かに、それは私にしかできないことだな」 キラやアレックスでは協力はしてもらえるが命令は出来ないだろう。 それでも、すぐに頷いてくれる。あるいは、自分に言い聞かせようとしているのではないかとも感じられた。 「ユウナ・ロマがそちらにいるかもしれないしな」 そんなカガリの背中を突き飛ばそうとしているのか。アレックスがこんなセリフを口にする。 「そうか。その可能性があったな」 そして、それにのせられるのもカガリだ。実に楽しげな表情で頷いている。あるいは、彼が彼女の護衛に付いていた間、これが日常だったのだろうか。 「確かに、それならば私が行くしかないだろう」 他のものでは拘束をすることもむずかしい。こう言いながら、彼女は指を鳴らし始める。 「……カガリ……」 何か、ものすごく怖いような気がするのは、キラの勘違いだろうか。 「殺さないでね?」 自分でも口にしてから何を言っているのか、と思ってしまう。 「大丈夫だ。せいぜい半殺しで我慢しておく」 それなのに、彼女はあっさりとこう言い返してくる。 「オーブの国法に則ってきちんと捌いてやらなければ、私の気が済まない」 だから、殺しはしないさ……と彼女は笑う。 「大丈夫だ、キラ。カガリはそのあたりはきちんとしている」 公私の区別は付けられるから、とアレックスも頷いてみせた。 「まぁ、顔の造作が変わるくらいは妥協してやれ」 この言葉も何だろうか。 そんなことを思いつつも、カガリが怒りにまかせて相手を殺さなければいいか、と思い直す。 「わかった。なら、出撃準備だね」 少しでも早くいかないと、とキラは口にした。 「そうだな。これ以上被害を広めるわけにはいかない」 アレックスも頷くと、キラの背中にそっと手を添えてきた。 「先に行っているから。カガリ達は状況を見て出撃して」 この言葉とともにキラはブリッジを後にする。アレックスが側にいてくれれば、大丈夫だ。だから、とキラは前を見つめた。 目の前で民間人らしき人々が呆然とこちらを見上げている。 「……まさか……」 ひょっとして、オーブは彼等に避難勧告を行っていなかったのか? シンはその可能性に気付いて、愕然としてしまう。 「あの時だって、一応避難勧告は出たぞ」 もっとも、かなりせっぱ詰まった状況だった。だから、自分たちはろくに荷物も持ち出すことが出来なかったし、避難場所にたどり着く前に戦闘が始まってしまった。 でも、こんな風に『何も知らない』という表情で自分たちを見上げることはなかったはず。 「何を考えているんだよ!」 ロゴスに迎合しただけではまだ足りないのか。 シンは怒りすら感じてしまう。だからといって、それを目の前の民間人にぶつけるわけにはいかない。 「アスハは、今、アークエンジェルと一緒にいる……と言うことは、国を動かしているのはセイランか?」 ならば、そちらにジブリールがいる可能性が高い。側にいなくても、居所ぐらい走っているだろう。 「……セイランの屋敷は……」 脳内にオーブの地図を思い浮かべる。そして、そのままディスティニーをそちらへ向け発進させた。 「……何故、出てこない」 ムラサメとM−1アストレイを次々とたたき落としながら、アスランはこう呟く。 「カガリが、この状況を見過ごせるはずがない」 だから、絶対に自力で何とかしようとするに決まっている。 彼女が動けば、当然キラも動くだろう。そんな二人をあの男が放っておくはずがない。だから、必ずここに出てくるはずだ。 それなのに、どうして未だに影も形も見えないのだろうか。 「出てこないはずがないのに……」 あるいは、アークエンジェルの位置が遠いだけなのかもしれない。だから、まだ到着していないだけなのか。 「……いいのか? そうしている間にもオーブが焼かれるぞ」 そうさせたくなかったんだろう? とアスランは小さな笑いを漏らす。 「だから、大人しくオーブに戻っていればよかったんだよ」 いや、オーブからでなければよかったのだ。そして、自分が迎えに行くのを待っていればよかったのに。心の中でそう呟く。 「間違いは正さないとな」 偽物は排除しないと。 こう呟く自分の言葉がどれだけ独善的なものなのか、アスランは未だに気付いてはいなかった。 |