ギルバート・デュランダルのその演説は、オーブだけではなく地球全土にも放映されていた。
「……ロゴス……」
 ブルーコスモスを背後で操り、世界を戦争へと追い立てた者達。それに関しては自分たちも掴んでいた。
「まさか、今、この場でそれを公表するとは、な」
 予想もしていなかった。バルトフェルドがこう呟いている。
「ですが……これで、世界はまた大きく揺らぐでしょうね」
 ラクスはモニターの中のデュランダルを見つめると、唇をかみしめた。
「ともかく、わたくし達はわたくし達がしなければならないことをしましょう」
 それが、みんなのためになるはず。だから、とラクスは続ける。
「わかっている。少しでも早く、あいつの本当に狙いを調べ上げないと」
 しかし、それはむずかしいと言うことも事実だ。
「ここになら、何か情報があるか、と思ったんだがな」
 かつて、自分たちが拠点にしていたL4。その中でもメンデルと呼ばれているこのプラントに、デュランダルが何度か直接足を運んでいるらしい。
 情報屋からその情報を入手してこの地に来てみたものの、全てのデーターが消去されていた。アレックスの話であれば、ここには数年前まで、立派なデーターバンクが存在していたらしいのに、だ。
「手に入れられたのが、そのノート一冊とは、な」
 この言葉とともにバルトフェルトは視線をデスクへと移す。
「ですが、これは直筆のノートですから……あるいは何か手がかりがあるのかもしれません」
 それに、とラクスは微かに眉を寄せる。
「ラクス?」
「キラにその時の記憶があるかどうかはわかりませんが……彼が、ここのデーターバンクと思われる場所からデーターをコピーしていましたわ」
 ただ、それを本人に問いかけていいものかどうかわからない。その結果、キラがまたあの時のようになってはいやなのだ。
「……それでも、データーは見たいな」
 キラ本人でなくても、アレックスなら、そのデーターを見られるかもしれない。バルトフェルドは冷静な口調でそう告げる。
「そうですわね」
 確かに、アレックスであればキラからパスワードを聞いている可能性はあるだろう。彼は、あの時もキラの側にいてくれたのだから。
「わたくし達は、あまり彼等に頼りすぎてはいけないのでしょうが……」
 それでも、自分たちの意志を貫くためには、彼等――キラの力が必要なのだ。
「想いだけでも、力だけでも世界を動かすことは出来ません。しかし、あまりに強すぎる力は、どれだけ強い思いを抱いていても、自分自身を傷つけずにはいられないものです」
 だからこそ、彼が力を振るわずにすむ世界が欲しいのに。
 その思いのまま、ラクスはそっと拳を握りしめる。こう言うときに、自分の無力さを改めて認識させられてしまう。
「キラもアレックスも、十分にそれは理解している。だから、そんな表情をするな」
 ラクスが不安そうな表情をしていれば、みなの士気に関わる。バルトフェルドが冷静な口調でこう言ってきた。
「わかっていますわ」
 それでも、とラクスは目を伏せる。
「……ですから、今だけです」
 ここから出るときには、いつもの微笑みを浮かべることが出来るようになっているはず。だから、とラクスは口にする。
「見なかったことにしておけばいいんだな?」
 そのくらいはおやすいご用だ。そう言ってくれる彼にラクスは小さな笑みを向けた。

「……ロゴス、か」
 その名前はアレックスも耳にしたことがあった。
 裏の世界は情報が全てだ。だから、知り合いの誰かから聞いたことがある。もちろん、あまりおおっぴらにではなく内密にだ。それだけ厄介な組織だと言っていい。
 しかし、アレックスはそれ以前から連中の存在を知っていた。
「コーディネイターを生み出したのも、それを排斥したのも、全部連中が計画したことだ」
 その結果、膨大な富を手に入れたらしい。
 それ以前に、自分をこの世に生み出してくれた女性をあの男パトリック・ザラに引きあわせたのも連中だ。そして、自分からその女性を取り上げたのも、だ。
「……今度は、キラを取り上げようとしているのか、あいつらは」
 そんなことはさせない。
 連中が欲しがっているものは、キラは人間としての矜持を全て奪い去って、ただの道具とすることと同意語だ。しかも、その遺伝子すら連中は利用しようとするだろう。
「いったい、どこからあれが漏れたのか」
 キラと自分がしていたのは、あくまでもコンピューター上でのシミュレーションだ。しかも、万が一のことを考えて私用したパソコンはスタンド・アローンのものである。だから、ネット上から漏洩するはずがない。
 それなのに、セイランはあのデーターを欲しがっていた。
 もっとも、その事実をキラは気付いていない。ハッキングの事実は気が付いていても、いつもの嫌がらせの一環だと認識していたようだ。
「……連中は、本気で永遠の命を手に入れるつもりか?」
 そして、この世界から《平和》と言う文字を消そうとしているのか。
 いや、それだけではない。
 自分たちのような存在をも増やそうとしているのではないか。
「そんなこと、認められるか」
 何よりも、キラを守らなければいけない。
「……そばにいるぐらいしかできない、がな」
 それだけでも十分だ、とキラは笑ってくれる。だが、それだけでは納得できない自分がいることも事実だ。
「俺がもっと強ければ……」
 キラを完全に守ることができるのだろうか。そう考えて、すぐに否定をする。
 確かに、完全に囲い込んでしまえば自分自身は楽だ。しかし、それでは《キラ》の意志を殺してしまうことになりかねない。
 それでは、彼を『守った』ことにはならないのではないか。
「ともかく、情報を少しでも多く集めないと、な」
 デュランダルが何をしようとしているのかも含めて。アレックスは自分に言い聞かせるようにこう呟いていた。