いつものようにキラは海を見つめていた。
 夜空を支配する色が、一番大好きな相手を思い起こさせてくれる。自分の瞳の色からそれに変わっていく様子を見ていたいのだ……と理由を話せば、ラクスは小さな笑いと共に頷いてくれた。
 だから、と言うわけではないが、キラがここにいるときには世界が宵闇に包まれるまでそうっとしておいてくれる。
 今日もそんな風に時間を過ごすのだ。
 そう信じていた。
「……何?」
 それなのに、この胸のざわめきは何なのだろうか。
 言いようのない不安がわき上がってくる。
 これを錯覚と言ってしまうことはむずかしい。これと同じようなものを、自分は過去に何度か経験しているのだ――あの戦場で……
「何が、起こっているの?」
 この平和な世界で、とキラは顔をしかめる。
 それとも、平和だと思っていたのは自分の錯覚だったのだろうか。
 だとするなら、彼らは……とキラが心の中で呟いたときだ。
「キラ」
 そっと自分の名を呼ぶ声がある。
「……ラクス?」
 どうかしたの、とキラは視線を向けた。そうすれば、普段微笑みを絶やさない彼女がぎゅっと唇をかみしめている。その表情があのころのことを思い出させた。
「御邪魔をして申し訳ありません。でも、付き合ってください」
 きっぱりとした口調で彼女はこういう。
「何か、あったんだね」
 ゆっくりと立ち上がりながらキラは問いかける。
「キラ?」
「何か、そんな気がしていたんだけど……君が呼びに来たから」
 確信になっただけ……と微笑む。
「……えぇ。そうですわ」
 詳しい話はリビングで、とラクスは小さなため息とともに告げる。
「ニュースを見て頂くのがよろしいかと」
 その言葉に、キラは目を伏せた。どうやら、全世界に関わることらしい。
「大丈夫ですわ、キラ。取りあえず、戦争が始まると言うことではありません」
 ただ、対応を間違えれば戦端は開かれる可能性はある。だがそれはいつでも同じ事ではないか。彼女はそうも続ける。
「そうだね」
 確かに、いつでも戦争へと続く選択肢はある。しかし、それを辛うじて選んでこなかっただけなのだ。
 しかし、それはこれからそうだとは限らない。
「……カガリと、アレックスは……大丈夫かな」
 先日、プラントへと向かった彼らが関わっていなければいいのだが。そう思いながらキラは呟く。
「それこそ、心配はいりませんわ。カガリはともかく、アレックスはきちんと状況を認識して行動してくれるはずですもの」
 彼がストッパーになってくれている限りは大丈夫だ。ラクスはそう言って微笑む。
「アレックスが状況を忘れて無茶なことをするのは貴方が関わっているときだけでしょう?」
 違いますか? とさらに問いかけられる。
「そう、なのかな?」
「そうですわ」
 あの方はほんとにキラのことが大好きでいらっしゃいますから……と言う言葉をどう受け止めればいいのだろうか。本気で悩んでしまう。
「取りあえず、急ぎましょう。最悪、引っ越しも視野に入れなければいけませんから」
 しかし、この一言でキラの脳裏からそんな悩みは飛び去った。
「……また?」
 ひょっとして、また自分のせいで……と言外に問いかける。
「いいえ。違いますわ」
 少なくとも、今回のことはキラとは関係ない。
 ただ、それだからこそ厄介なのだ……とラクスは付け加える。
「……そう」
 では何が起こっているのか。
 それがわからないからかもしれないが、じわじわとした恐怖がはい上がってくる。
「なら、これ以上時間を無駄にしない方がいいの、かな?」
 キラの問いかけにラクスは小さく頷いてみせた。
 それを確認して、キラはゆっくりと彼女に歩み寄る。足元にあるはずの床が、どこか現実味を失っているように思えてならない。
 ひょっとして、自分はまた世界から隔離されてしまうのだろうか。
 ようやく、今という世界に自分は戻ってきたのに……とキラは心の中で呟く。
「キラ」
 そんな彼の腕をラクスがそっと握りしめてくる。そこから伝わってくる温もりは現実のものだと認識できた。
「大丈夫ですわ。わたくしがここにいます。もう少しすればアレックスもカガリも戻ってきますわ」
 だから、何も心配はいらない。
 今回のことも、含めて……と囁いてくれる彼女に、キラは取りあえず小さく頷いてみせた。