疲れた、とアレックスは思う。
 それでも、まだしなければいけないことがある。そう思いながら、ハッチから降りる。
「アレックス」
 そんな彼の耳に、一番聞きたいと思っていた声が届いた。
「キラ」
 そのまま、今にも飛びついてきそうな視線を彼は向けている。
「今、行くから。そこで待っていろ」
 この言葉に、キラがしっかりと頷いているのが見えた。しかし、その様子はどこか不安定だ。
 やはり、アスランと直接言葉を交わしてしまったからだろうか。
 それとも、目の前で散っていった命がたくさんあったからかもしれない。軍人としての矜持は見事だが、キラやカガリにすれば、辛いだけの光景だったのは言うまでもないことだ。
 どちらにしても、キラの心がまた血を流す前に傷を塞いでしまわないといけない。それには、抱きしめてやるのが一番だ。
 だから、と心の中で呟くと、アレックスは床に着く前にワイヤーから飛び降りた。
「アレックス?」
 どうかしたのか、とキラが驚いたように問いかけてくる。マードック達が見て見ぬふりをしてくれているのは喜ぶべきことなのだろうか。
「お前が泣きそうだから、な」
 だから、少しでも早くキラの側に来たかったのだ。アレックスはそう言って笑う。
「……でも、飛び降りるなんて……」
 危ないことを、とキラは口にする。
「あの高さなら大丈夫だ」
 だから、心配するな……と囁きながら、そっとその体を抱きしめた。キラの方も素直に胸に体重を預けてくれる。
「あれは……しかたがなかったことだ」
 だから、キラのせいではない。もちろん、カガリのせいでもないだろう。責任を取らなければいけない人間がいるとすれば、それは今回の司令官であったユウナ・ロマだ。
 もっとも、あの男が自分の責任を感じているかどうか。それはまた別問題だろう。
 だが、それこそ自分たちには関係のないことだ。
「それでも、最低限の犠牲に抑えてくれた……それだけは感謝しておかないとな」
 彼がそうしてくれたからこそ、オーブ軍は多くの艦船を失ったかもしれないが、軍人達は脱出することが出来た。実際、自分の目でも波間に救命艇に乗り込んだ軍人達が確認できたから……とそう囁く。
 地球軍にしてもザフトにしても、戦闘手段を失った彼等を見捨てることはないだろう。
「……どうしても気になるなら、後でこっそりと確認すればいい」
 自分たちがいけなくてもジャンク屋に頼めば確認してきてくれるだろう。そうも付け加える。
「……うん……」
 それにキラは小さく頷いてみせた。
 だが、まだ顔を上げてくれない。
 それだけ、キラの心の傷が深かったと言うことだろう。だからといって、彼を戦場から遠ざけることも出来ない。それも事実だ。
「ともかく、シャワーを浴びよう。カガリのことは……ラクスかミリアリアに頼むか」
 彼女もショックを受けているはず。それはわかっているが、自分が優先しなければいけないのは、今、腕の中にいる存在の方だろう。
「……アレックス……」
「大丈夫だ。俺は生きてここにいるだろう?」
 カガリもバルトフェルドも無事だった。その事実をまずは感謝しよう。こう囁いてやる。
「……うん……」
 言葉とともに、彼は抱きつく腕に力をこめてきた。
 それは離れたくないという意思表示なのだろうか。それとも、とアレックスは微かに眉を寄せる。
「大丈夫。今日はずっと側にいる」
 これしかしてやれない。そんな自分に少しだけ嫌悪を感じていた。

 悔しい。
 その気持ちのまま、アスランは壁を殴りつけていた。
「……俺が、あいつに劣っているはずがない……」
 あいつがジャスティスに乗っていたから、自分は負けたのだ。
 同じ性能の機体に乗っていれば、自分はあいつに負けるはずがなかったのだ。その思いがアスランの中でふくれあがっていく。
「……ジャスティスは、俺の機体だ」
 それなのに、当然のようにあの男は乗り込んでいた。
 キラの隣だけではなく《ジャスティスのパイロット》の座まで自分から取り上げるつもりなのか。
「お前が存在していることが、俺にとっては悪だ」
 あの男がいるから、キラもカガリも馬鹿な考えを捨てられないのではないか。
「お前達のやり方では、戦争をなくすことなんて不可能なんだぞ」
 だが、機体を失った自分に何が出来るというのか。
「それもこれも、全部あいつが……」
 アレックスさえいなければ、全ては丸く収まったのに。
 そもそも、どうして父はあんな存在をこの世界に生み出したのだろうか。そして、キラと彼を近づけるようなことをしたのか。
 今更そんなことを言ってもしかたがないとはわかっている。それでも、父を恨まずにはいられない。
「だから、俺が、世界を正しい形に戻さなければいけないんだ」
 そのために、自分はどうすればいいのだろうか。アスランはそれを本気で考えていた。