艦内に大浴場があると聞いていたが、ここまで本格的なものだとは思わなかった。
「……凄いな」
 アレックスは思わずこう呟いてしまう。
「そう思うよね」
 初めてここを見たときには、自分もそう思ったんだ……とキラは苦笑と共に頷く。
「普通、戦艦にはこんな施設ないよね」
 手足を伸ばせるし、ゆっくりと体を温められるから好きなんだけど、と彼は続けた。
「確かにな」
 こうやってのびのび出来るのはありがたい。しかも、側にいるのはキラだし……と考えたところで、ふっとある疑問がわき上がってくる。
「キラ」
 実際にそうだったとしても、彼等が不埒なマネをするとは思えない。問題があるとすれば、それはあくまでも自分の気持ちだ……と心の中で呟きながらアレックスは側にいる恋人に声をかける。
「何?」
 どうかした? とキラは小首をかしげながら聞き返してきた。
「お前、いつも一人で入っていたのか?」
「一人の時が多いかな? でも、たいがい女湯にカガリ達が入っていたけど」
 彼女たちも自分の性格は知っている。と言うことは、間違いなく誰もそう言うことをキラにしていない、と言う証明しようとしてのことだろう。
「後は、バルトフェルドさんとかマードックさんかな?」
 たまに一緒になったのは……と言うのは、キラにとって父親――と言ってしまうには、年齢的に少々かわいそうな気もするが――的な二人だ。
 この二人に関しても、問題はない。
 むしろ、その方が周囲の牽制になっていい……とそんなことまで考えてしまう。
「それがどうかした?」
 本気で意味がわかっていないのだろう。キラはまた問いかけてくる。
「あまりイタズラできないな、と思っただけだ」
「イタズラ?」
「そう、イタズラ」
 微笑みと共にアレックスはキラの側に近づいていく。そのまま、彼を腕の中に閉じ込めると、指先でそっとその背中をなで上げた。
「んっ!」
 とっさに、キラは自分の両手で口を塞ぎ声を押し殺す。
 次の瞬間、明度の高いすみれ色の瞳がアレックスをにらみつけてきた。
「心配するな。ここではこれ以上のことはしない」
 誰が入ってくるかわからないからな、と小さな笑いと共に付け加える。だから、先ほど確認しただろう、とも。
「アレックス」
 キラの表情が恨めしそうなものへと変化していく。その様子にアレックスはまた小さな笑いを漏らす。
「それとも、したくなった?」
 そっと耳元でこう囁いてやれば、キラの肌が淡く染まる。
「俺としては、キラのお許しが出たらふれさせて貰いたい……と言うのは本音だけどな」
 今、キラの側にいるのは自分だ。
 決してアスラン・ザラあいつではない。
 その事実を自分が確認したいだけだ、とアレックスにもわかっている。
 それでも、キラに無理強いはしたくない。
 この行為は、二人で気持ちよくならないと意味がないし、とそう思うのだ。
「……部屋……」
 そのアレックスの耳に、キラのか細い声が届く。
「ん?」
 何だ、と聞き返す。
「部屋、戻ってから、なら……いいから」
 そうすれば、蚊の鳴くような声で彼はこう言ってくる。その顔が真っ赤に染まっているのは、間違いなく羞恥のせいだろう。
「わかった」
 キラも、自分と抱き合いたかったのだとわかってアレックスは微笑みと共に言葉を返す。
「でも、今は、もう少し暖まっていたいんだけど……」
 ダメかな、と彼は問いかけてきた。
「まぁ……俺の理性が効いているうちは構わないと思うが」
 問題は、それがいつまで保つかはわからない、と言うことだろうか。そう考えたときだ。
 何やら忍び笑いのようなものが耳に届く。
「……えっ?」
「何だ?」
 流石に、これは普通ではない。緊急事態か、それとも……と思いながら周囲を見回す。だが、当然のように現在男湯に入っているのはアレックスとキラだけだ。
「……女湯の方から、だよね」
 キラが確認をするように声をかけてくる。
「そのようだな」
 と言うことは、あの二人だろうか。
「アレックス?」
 どうしようかというようにキラが問いかけてくる。そんな彼に向かって、アレックスは黙っているようにと唇に人差し指を当ててみせた。
 そのまま、そっとその体を抱きしめる。
「……声が聞こえなくなったぞ……」
 耳をすましていれば聞き覚えがある声が響いてきた。
「趣味が悪いですわよ、カガリさん」
「そうは言うけどな。ここで始められたらフォローしてやるのが姉の役目だろう?」
 ぼそぼそと話しているつもりなのだろうが、しっかりと聞き取ることが出来る。
「まったく、あいつは……」
 本当に、とため息をつく。
「……アレックス?」
「こっそりとあがるぞ」
 それでさっさと部屋に閉じこもろう。この言葉にキラは小さいがしっかりと頷いてくれた。