『全ては、パトリック・ザラが企てたことだ』
 アレックスと名乗った男の言葉が耳から離れない。
 しかも、あの男は自分の記憶までもが父によって操作されている、と言っていた。その中に、キラとの別れの日も含まれているという。
「いくら父上でも、そこまでは……」
 あれは自分が……と唇をかみしめる。あの日のキラの涙が、自分に向けられたものではないと考えるだけで怒りで腹がよじれそうになるのだ。
『パトリック・ザラの日記にしっかりと書いてあるはずだ』
 その言葉が本当だと思っていたわけではない。
 しかし、確かめないわけにもいかなかったのだ。
 幸い、と言うべきか。パトリックの日記と言った個人的なデーターに関しては自分の手元に返されている。それをあの男は知っていた、と言うことなのか。
「別に、おかしい記述なんて……」
 ないだろう、と中を確認しながら、アスランは呟く。別にパスワードを使わなくても普通に見られるではないか。
 しかし、あの男の言うことが嘘だ、とは言い切れない自分がいると言うことも事実。
 はっきりとした記憶ではない。
 それでも、一人で白い部屋に閉じ込められていた、と言うイメージがあるのだ。てっきり、それは夢だと思っていた。しかし、あの男の言葉を信じるのであれば、それが自分にとっての真実だ、と言うことになる。
「そんなはずがあるか……」
 キラとの思い出――それがほんの一部だとしても、だ――が自分のものではなく他人のものだったなど、考えたくもない。
 しかし、キラが何の理由もなく――いくら自分とそっくりだったとしても――他人の手を取るとも考えられないのだ。
「だからといって、認められるか!」
 自分の気持ちを誤解されたままでいられるか、とアスランは心の中で付け加えた。同時に、真実を知れば、キラだってあの男ではなく自分を選んでくれるに決まっている。
「俺は……俺は、あいつのような偽物じゃない!」
 だから、と思いながらさらに父が遺したデーターを調べていく。
 この中にアレックスの言葉が嘘だ、と言う証拠がある。アスランはそう信じていた。

 今までもアークエンジェルに足を踏み入れたことがないわけではなかった。
 しかし、実際に運用されている姿を目にしたのはこれが初めてだと言っていい。
「……ずいぶんと雰囲気が変わるな」
 戦艦には何度も乗艦したことがある。しかし、ここのように『帰ってきた』と思える場所はなかった。
「まぁ、昔からイレギュラーにはなれているものね」
 この艦のメンバーは……とミリアリアは苦笑と共に告げる。でなければ、いくらせっぱ詰まっていたからと言って、キラをパイロットにするはずがない。そうも付け加える。
「何だかんだ言って、居心地がいいのよね、ここは」
 荷物を取り上げながらそういう彼女の手から、アレックスは当然のようにそれらを取り上げた。
「アレックス?」
「君は大切なカメラだけ持っていればいい」
 宇宙空間であれば気にしないが、ここには重力がある。万が一のことを考えればその方がいいだろう。
「壊すと困るだろう?」
 こう締めくくれば、ミリアリアは苦笑を向けてきた。
「そうだけどね。あいつとよく似た顔でそんなことを言われると……違和感があるわ」
 別人だとわかっていても、とストレートに言葉を口にする。
「しかたがないだろうな。カガリやラクスですら、未だに時々間違える」
 自分たちを間違えないのはキラだけだ。
 それは、彼が外見や何かではなく、人々の本質を見つめているから、だろうか。
「ごめんなさい」
 そんなことを考えていれば、アレックスの耳にミリアリアの謝罪の言葉が届く。
「別に謝ることではないと思うが?」
「……だって、あれと間違われるの、いやでしょう?」
 別人なんだし、とミリアリアは言い返してくる。しかも、あんな自己中心的な最低男だし、とも彼女は付け加えた。
「否定はしない」
 何度思い出しても――いや、それだからこそ、か――アスラン・ザラに対して怒りがわき上がって来る。
 先日、キラとカガリに投げつけた言葉もそうだ。
 いや、それ以前に彼がキラ達からはなれていったこともそうではないか。もっとも、そのおかげでキラが自分のものになったのだから構わないか、と思う。
 だが、すぐにアレックスはその考えを否定した。キラが自分のものになったのではなく、自分が彼のものになったのではないか。
 そんな風に考えたのだ。
「キラがわかっていてくれればそれだけで十分だ」
 だから、こう口にする。
「はいはい。聞いた私がバカだったわ」
 からかうような口調で彼女はこう言い返してきた。
「それに、待ちかねている人もいるようだし」
 口論はやめておいた方がいいかもしれない、と彼女は続ける。それはどうしてなのか、と思いながら彼女が見ている方向へと視線を向ければ、キラがこちらを見上げているのがわかった。
「キラ」
 自然と口元に笑みが浮かぶ。
「と言うことで、さっさと降りましょう」
 でないと、キラが上ってきてしまいそうだ。ミリアリアがこう言ってくる。
「そこまではしないと思うが、な」
 だが、自分も少しでも早くキラの側に行きたい。そのためには、ここから降りなければいけないだろう。
「荷物の整理と、これからのことを相談する時間も必要だろう」
 そう言いながら、ハッチを開ける。そして、コクピットから出た。
「一人で大丈夫だな?」
 確認のために問いかける。
「もちろんよ。これでも、それなりに色々な経験をしてきたもの」
 その言葉の裏に、間違いなくあの戦争の時のことも含まれているのだろう。しかし、こんな風にさらりと口に出来るのは彼女が強い証拠だろう。
「わかっている。先に降りるか?」
「そうね。そうさせて貰うわ」
 ラクスさんも来たから、話をしたいし……と口にすると彼女はアレックスの脇をすり抜けていく。彼女の肩にはカメラバックだけがかけられていた。
「さて……この荷物は別に下ろさせて貰った方が良さそうだな」
 この呟きと共にアレックスもまた行動を開始した