「……父上、の?」 企てとは何なのか。アスランはこう呟いている。 どうやら、 「コーディネイターは次世代を生み出す力が弱い。事実、レノア・ザラもお前を身ごもる前に何度か子供を失っているだろうが」 子供を失った母親の嘆きがどれだけ深いものか、想像しなくてもわかるだろう。 レノアだけを愛していたパトリックがそのたびにどうやって彼女を慰めるべきか、悩んでいたことも事実。 だからだ。 「お前をコーディネイトしたとき、あの男は馬鹿なことを考えたのさ」 レノアに必要なのは、自分と彼女の遺伝子を持つ子供。 それは彼女の胎内から生まれなくてもいいのではないか。 「……まさか」 「そう言うことだ」 パトリック・ザラは、コーディネイトした受精卵を、レノアの胎内に戻すときに、こっそりと別の女性にも同じ事をしたのだ。 いくら完璧にコーディネイトされていても、母体の影響を受けてしまう。 そのことを考えて、借り腹となった女性もレノアによく似た人物を捜してくるあたり、あの男の妄執ぶりがわかるのではないか。 そこまで口にしたところで、アレックスは小さな笑いを漏らす。 「俺は、お前のスペアだった……いや、お前がそうなのか?」 だから、アスランが生まれた後、自分は放置されていたようなものだ。もっとも、キラにとってはどちらだろうな、とふっと考え込むように呟く。 「……何が言いたい……」 アスランが気に入らないというように歯の隙間から声を絞り出している。 「幼年学校時代、お前は一度事故に遭っている」 「……覚えている。半月ぐらい入院していたか?」 記憶の中を探るようにアスランは言葉を口にした。どうやら、そのあたりの記憶があやふやなのだろう。 それがどうしてなのか。 アレックスはよく知っている。だから、相手を蔑むような笑みと共に言葉を口にする。 「本当に半月だったと思っているのか?」 この言葉に、アスランは目を丸くした。 「何を言っている!」 少なくとも記憶の中ではそうだ、と彼は言い返してくる。 「……それは、本当にお前の記憶か?」 そう思いこまされているだけではないのか? とアレックスは言い返す。 「だから、何が言いたい!」 はっきりと言え! とアスランが怒鳴った。 同じ容姿をしているはずなのに実際に目の前で見てみればかなり違う。それは、彼の表情のせいだろうか。それとも……と微かに目をすがめる。 「お前のその記憶の一部は、俺のものだ、と言っているんだよ」 あの事故の後、アスランが助かるかどうかはっきりとわからなかった。 その事実に、レノアの精神が均衡を崩しかけたとわかると、パトリックは今まで養育費だけを渡すだけで放置していた自分を連れに来たのだ。 外見だけはアスランと同じ。 そして、多少の差違も今であれば事故の後遺症だと言えばごまかせるだろう。 アスランが助かったならば、自分の記憶を彼のものだと言って移してしまえばいい。その時点でその技術は確立していたのだ。誰も不幸にならないのだから別に問題はないだろう。そんな自分勝手なセリフを口にしてくれたことを、アレックスは覚えている。 「実際、レノア・ザラは俺のことをあっさりと《アスラン・ザラ》だと認識してくれたよ」 お前は、まだ病院のベッドの上で生死の境を彷徨っていたのにな……とアレックスははき出す。 「彼女だけじゃない。月の幼年学校でもそうだったな。ただ一人を除いて」 キラだけだ。 キラだけが、自分とアスランの違いに気付いてくれた。 レノアが『ケガのせいで記憶が混乱しているの』といくら説明しても、彼だけは頑固に『違う』と言っていたのだ。 だからといって、本当のことを話すわけにもいかない。そんなことをすれば、自分を産んでくれた女性がどうなるかわからない。 だから、アスランはキラにこう言ったのだ。 自分はアスランではない。アスランと同じ存在だが《アレックス》と言う別の人格なのだ、と。《アスラン》が眠っているから、自分がここにいるのだ……とそう告げる。 『……つまり、アスランだけどアスランじゃなくて……アスランだけどアレックスだ、って事?』 自分でも苦しいいいわけだとはわかっている。だが、それ以外に言いようがなかった。 しかし、キラはそれで納得してくれた。どうやら、先日見ていたドラマの主人公が多重人格だと言うこともそれに関係しているらしい。偶然とはいえ、取りあえず胸をなで下ろす。 『なら、アスランじゃなくて、アレックスって呼んだ方がいいの?』 その主人公の別人格がそう言っていたから、とキラは問いかけてくる。 『アスランでいい。僕の存在は秘密だから』 ここで知っているのはキラだけだよ。そう告げれば、彼はしっかりと頷いてくれた。 「その後、お前は一年近い入院とリハビリに励んでいた。もっとも、既に月の情勢は悪化していたからな。俺とお前がまた入れ替わったのは、プラントに戻ってから、だ」 だから、キラにトリィを渡したのは本当は自分だ。 もっとも、あの後、即座に自分の記憶はアスランにも移された。だから、アスランがそれは自分がしたことだと思っていてもおかしくはないが。 「……嘘だ……」 アスランはそう言ってアレックスを見つめる。 「嘘じゃないさ。証拠が欲しいのならば調べてみればいい」 パトリック・ザラの日記にしっかりと書いてあるはずだ。その言葉とともにアレックスはある数字をいくつかアスランに投げつける。 「どこにそれがあるのか、お前は知っているはずだろう」 アスランの手元にパトリックの日記のデーターがあることは知っていた。だから、パスワードさえ渡せば中を確認できるはずだ。 「……そうやって、俺からキラを取り上げたのか、貴様は」 いったいどうやってそういう結論が出てくるのか。 本当にこの男はパトリック・ザラにそっくりだよ。アレックスは心の中で呟く。 「取り上げた? それを言うなら、先にそれまでの人生を奪われたのは俺の方だぞ」 そして、アスランは自分が意図したことではないがキラを捨てているではないか。 そんなキラが、心の安定を取り戻すために記憶の中にいた《アスラン》を全て《アレックス》だと思いこむことにいったい何の罪があるというのか。 「キラが大切だったというなら、側を離れてはいけなかったんだよ!」 アレックスはこう言い切る。 「そうだな」 確かに、アスランがいれば今の状況にはならなかった……とカガリも頷く。 「だが、さっきも言ったが、それは自業自得だろう」 だから、アスランにあれこれ言う権利はない。そうも付け加える。 「ついでに言えば、私たちのことに口を出す権利も、お前にはない。お前は、既に私たちではなくザフトを選んだ人間だからな」 今回は、ミリアリアに頼まれたから来ただけだ……と彼女は続けた。 「そんなお前でも、キラは殺そうとしないだろう。だから、言っておく。二度と私たちの前に出てくるな」 敵にはなりたくないが、そうならざるを得ないだろうからな。そのカガリの判断は間違いではないだろう。 「その時は、俺が相手をするさ」 キラやカガリには手出しをさせない。アレックスはきっぱりとそう言いきる。 「これ以上話をすることもないだろう。戻るか」 そして、即座にカガリに向かってこういった。 「そうだな。キラの心がまたヤバイ状況になるのは困る」 あんな状態のキラをもう二度とみたくはない。そう言って彼女も同意をしてくれた。 「まだ話は!」 「これ以上話をすることがあるのか? お前は今の自分の立場を捨てる気はないんだろう?」 そのくせ、こちらにばかり要求を押しつけようとしている。そんなの認められない。カガリの意見は極まっとうなものだ。 「キラは、俺のだったのに」 ぼそりと呟かれた言葉がアスランの本音なのだろう。だから捨てて行けたのか。 しかし、キラはロボットでも人形でもない。生きている人間だ。側にいても心が離れていくことだってあるだろう。 「同じ立場でなら、いくらでも勝負をしてやるよ」 悔しければ、自分と同じ場所に来ればいい。もっとも、それが出来るか、だが。 キラは自分が《 |