「……アレックス……」 不安そうにキラは視線を向けてくる。いや、あるいは今のことでようやく落ち着いた彼の精神がまた揺さぶられてしまったのか。 どちらにしても、彼を安心させなければいけない。 「大丈夫だ、キラ。これが終わったら、俺も一緒に行くから」 その後は、ずっと一緒だ……と付け加えれば、キラは不安そうな色をまだ浮かべたまま頷いてくれる。 本当であれば、このまま彼が安心するまで抱きしめていたい。 だが、そんな時間はないだろう。何よりも、目の前の相手が何をしでかしてくれるかわかったものではない。 これが終わった後、キラと一緒にアークエンジェルに戻っても構わないだろう。だから、フォローはそこですればいい。 何よりも、今からする話を彼には聞かれたくないのだ。本当はカガリにも聞かせたくはない――彼女の場合、口止めをしていても状況によってはそのこと自体を忘れてくれるのだ――のだが、本人が納得しないだろう。だから、妥協をするしかない。 「だから、今はこいつと話をさせてくれ。色々といってやらなければならないこともあるからな」 その中にはキラに聞かせたくないこともある、とその点に関しては正直に告げた。 「……うん……」 こう言えば、彼はさほど疑いを持たずに従ってくれる。それはこの三年間に培ってきた信頼があるからだ。同時に、彼のこの三年間の様子も関わってきている。 「ミリアリア」 「わかっているわ。キラ、行きましょう」 彼女は頷くと、キラの腕を取る。 「……アレックス、それにカガリも無茶はしないでね」 この言葉を残すと、彼はミリアリアに引っ張られるがままに離れていった。おそらく、そのままフリーダムか自分たちがここに来るまでに使っていた車の所へ行ってくれるだろう。それだけ距離があれば、何を話しても大丈夫ではないか。 もっとも、あちらは別だろうがな……とアレックスはさりげなく視線を崖の上へと向ける。そこでザフトの人間がこちらの話を盗聴しているのに気付いていたのだ。 だが、他の二人はそうではない。 「……まったく……私はアレックスのついでか」 わかってはいたが、ちょっと悔しい……とカガリがいつものように呟いている。 「姉と恋人の差だな」 あきらめろ、とアレックスは笑いながら口にした。 「わかっているけどな。やっぱり悔しい」 少しぐらいは自分を優先しろ、と彼女は頬をふくらませている。 「まぁ、存在自体忘れられている奴よりはましだろう?」 これは思い切りイヤミだ。もちろん、アスラン・ザラに対してで、ある。 「そうだな」 確かに、綺麗さっぱり忘れられている人間に比べればましか……とカガリは頷いてみせた。 「もっとも、それは自分があの時のキラの様子を見るのが辛くて、さっさと逃げ出した人間の自業自得だろうがな」 そして、追い打ちをかけるようにこう付け加える。 「逃げ出した? 俺が?」 自分ではそう思っていなかったのだろう。即座にアスランが噛みついてくる。 「違うのか?」 即座にカガリが言い返す。 「俺は……」 「私たちの安全のため、などと言うなよ? さっきも言ったが、お前達を守れる程度の権力はあった。それに、あのころはバルトフェルド隊長やラミアス艦長達も一緒にいただろうが」 それだけの者達が揃っていて、どうしてやられると思うんだ? とカガリは逆に言い返す。 「何よりも、あのころのキラはお前を必要としていた。そんなキラを捨てていったのはお前だろうが!」 その時に仕事でマルキオの元に来ていたアレックスとキラは出会ったのだ。 精神が不安定だったキラは、そのアレックスを見て自分の側にいた《アスラン》だと認識をしてしまった。 それを責めることは出来ないだろう。 「……お前、キラを騙していたのか?」 自分のことを棚に上げて、アスランは予想通りのセリフを口にしてくれた。 「騙してなんかいないさ」 ちゃんと、自分はあの戦いの時に一緒に戦った《アスラン・ザラ》ではない……とキラには説明してある。そして、彼もそれはきちんと認識している、とアレックスは言い返す。 「そうだな。ちゃんとお前とアレックスの区別は付けているぞ」 ただ、とカガリは意味ありげに笑う。 「お前に対して抱いていた感情は全部なくなっているがな」 キラにとって、今のアスランはディアッカ達と同じ程度の存在なのだ。 戦友ではあるが《親友》ではない。まして《恋人》になんてなれるはずがないだろう。 もちろん、自分も渡すつもりはないが……とアレックスは心の中で呟く。 「……ついでに言えば、さっきまで、お前の顔も忘れていたようだがな」 カガリが笑いながらこういった。 「お前があのまま私たちの――キラの側にいたら絶対にあり得なかった事態だな」 だから、自業自得だ……とさらに言葉を重ねる。 「そのお前の代わりに、今までしていた仕事を辞めてまでキラの側にいてくれたのはアレックスだ。だから、私たちもみな、こいつを認めている」 キラを支え、なおかつ自分のフォローもしてくれた。さっさと逃げ出したお前とは大違いだよな、とカガリは笑う。 「……整形してまで、キラに近づきたかったのか?」 怒りを抑えきれなくなったらしいアスランがこう言ってくる。 「何だ? そういう人間が近くにいるのか?」 もちろん、それがあの《ラクス・クライン》のことだろうとわかっていてのセリフだ。 「あぁ、あれか」 あの下品な女、とカガリがストレートに口にする。こういうことに関しては、女性の方が手厳しいのか。 「彼女のことは、プラントの問題だ」 「それで、本物のラクスが暗殺されそうになってもか?」 彼女だけではなくキラも子供達も危険にさらされた。この事はアレックスも初めて聞く内容だ。後で確認しておかないと、とそう心の中で呟く。 「……暗殺?」 「そう。しかも、ザフトの最新鋭MSを持っていたそうだぞ、その連中」 その上、お前が彼女の側にいる。何を目的にしているか、考えなくてもわかるだろう、とカガリは付け加えた。 「だからといって、議長が絡んでいるとは限らないだろうが!」 なら、そいつはどうなる! とアスランはアレックスを指さす。 「残念だが、俺のこの顔は昔からのものだ。ついでに言えば、遺伝子提供者も同じだがな」 微かな笑いとアレックスは言葉を口にする。 「全ては、パトリック・ザラが企てたことだ」 問題があるなら、そいつに言え……と彼はさらに言葉を重ねた。 |