ミリアリアに指定されたのは、誰も来ないであろう海岸だった。
「キラ! それにカガリさんも」
 二人の姿を確認した瞬間、彼女は大きく手を振ってみせる。
「ミリィ!」
 久しぶりだね、とキラは微笑む。以前から強いと思っていた彼女だが、今はそれとは別の強さも身につけたようだ。
「元気そうで何よりだな」
 カガリもまた、彼女に微笑みかけている。
「カガリさんもね」
 あの後、凄い騒ぎだったわよ……と彼女は続けた。
「……そういえば、カガリさんのウエディングドレス姿、撮影し損なったのよね」
 ちょっと残念と呟く彼女に、カガリの表情が引きつる。
「ミリィ……」
 ようやくあれこれ諦めて貰ったのだから、蒸し返さないで欲しい。その気持ちのまま呼びかける。
「何? キラが代わりに着てくれるの?」
 アレックスのために、と彼女は微笑みのまま続けた。
「……ミリィ、カガリが本気にするから、やめて……」
 ようやく諦めてくれたんだから、とキラは言い返す。
「そうなの? でも、彼は諦めていないと思うわ」
 本人も残念がっていたから、とさりげなく付け加えられたその言葉に、キラは「まさか」と心の中で呟く。
「ミリィ、ひょっとして」
「あいつが側に?」
 カガリがキラの言葉の後を引き受けるようにこう問いかけた。それにミリアリアは笑顔で確認をしてくる。
「取りあえず、内密に、だって。何もなければ、後で合流するけど、と言っていたわ」
 自分の存在をまだ知られない方がいいだろう。そうもいっていた、と彼女は続ける。
「どうして?」
 別に一緒にいてもいいのではないか。第一、会う相手は《アスラン・ザラ》ではないのか、とキラは言外に告げる。
「理由は……あれよ」
 時間通りだけど、派手よね……とあきれたように彼女は口にした。そんな彼女は指さした方向へとキラもカガリも視線を向ける。
「あの機体……」
 こちらに真っ直ぐ向かってきている機体に、キラは見覚えがあった。
「クレタ沖にいたな。ザフト軍のMSだ」
 それはカガリも同じだったらしい。忌々しそうに顔をしかめている。
「って事は何だ? あいつ、今、ザフトにいるのか?」
「そのようね」
 この前の《ラクス・クライン》のコンサートが終わったときにあったのだ、とミリアリアはため息とともに告げる。
「その前にアレックスと会っていたから、一瞬、逃げるのが遅れたのよ」
 あいつには会いたくなかったんだけど、と付け加えた。それは、彼女がまだ、トールのことを忘れていないからだろうか。
 でも、自分だったら絶対に忘れられないだろうな、とキラは心の中で呟く。
 実際、今でも彼女のことを思い出すと胸が締め付けられる気がする。彼女に対して抱いていた感情が《恋》ではなかったとしても、だ。
 立派な大人であるマリューにしてもバルトフェルドにしても、大切だった人たちのことを今でも忘れられないのだから、まだ未熟な自分たちではなおさらなのだろうか。
 自分にしても、彼に対しては何か許せないものを感じている。
「……ザフト……」
 それは、自分たちではなくザフトを選んだからか。
「あれ?」
 それ以外の何かがあったような気がする。
「あいつは、あの《ラクス》を肯定しているのか?」
 だが、それを見つけ出すよりも早く、カガリが口を開く。
「可能性は否定できないわね……って、ものすごくまずくない、それ」
 焦ったようにミリアリアが反応を返した。
「アスラン・ザラは《ラクス・クライン》の婚約者でしょう? 少なくとも、あの戦争が終結する前まではそうだったと聞いているわ」
 つまり、彼が側にいる方が本物の《ラクス・クライン》だと認識されることになるのではないか。そう言いたいのだろう。
「ラクスも、それを心配していたな」
 だからこそ、きちんと話を聞かなければいけない。カガリは毅然とした口調でそう告げた。
「そうね。他にも色々と聞かなければいかないことがあるようだもの」
 今まで何をしていたのか、どうして自分たちの側から離れていったのか、とか……とミリアリアも頷く。
 その間にもその機体は三人の側に近づいてくる。そして、少し離れた場所へと着地した。
「……あれを、私用に使っていいわけ?」
「普通なら、許可されないだろうな」
 まぁ、あいつは少し頭に花が咲いているからな……とカガリはため息とともにはき出す。
 しかし、それにキラは同意をすることも出来ない。間違いなく《アスラン・ザラ》とは一緒に戦った記憶がある。しかし、彼個人のことに関して、思い出せることがほとんどないのだ。
 もっとも、それを今までおかしいと思ったことはない。
 マルキオの元に身を寄せる直前、自分はそれまでのストレスやら何かで高熱を出したのだという。その結果、記憶の一部が欠落してしまったらしい。
 しかし、それは自分の心が壊れないように防衛本能がそうしたのだから気にするな。
 アレックスがそう言ってくれたから、今まで疑問を持ったことがなかった。
 でも、と思う。
 それではいけなかったのではないか。
「……どうして……」
「キラ?」
「どうして《アスラン・ザラ》が、アレックスと同じ顔をしているの?」
 ハッチから姿を見せたアスランを見て、キラは思わずこう呟いてしまった。