ザフトの基地で《ラクス・クライン》のコンサートがある。
 その情報を耳にしてここにやってきたのだが……とミリアリアは思いきり顔をしかめる。
「何よ、あれ」
 これ以外の言葉が浮かんでこない。
 周囲の者達はみな熱狂をしている。しかし、本当にあれが本物の《ラクス・クライン》だと思っているのか。それとも――言いたくはないが、ここには男性が多いから――あの体の線もあらわな下品な衣装で興奮しているだけなのか。
「あの人が、あんな恰好をするはずがないじゃない」
 彼女はあんな下品なアイドルではない。
 いつだって人の心を癒やす《歌姫》としての立場を忘れなかった。そう。あの戦いの最中でも、だ。
 彼女自身が弱音を吐きたいときだってあっただろう。
 しかし、自分たちは一度もそれを耳にしたことがない。あるいは、キラかバルトフェルドであれば違うのかもしれないが。
「……やめ、やめ」
 どうせ、他のカメラマンも来ているに決まっている。自分が写真を撮らなくても大丈夫だろう。
 第一、気持ちが乗らない状態で写真を撮ってもいいものにはならないのだ。
 こう考えて、彼女はさっさとカメラをバッグの中に片づけ始める。
「ミリアリア?」
 そんな彼女の耳に聞き覚えがある声が届いた。
 反射的に視線を向ければ、記憶の中にあるのと同じフォレストグリーンが確認できた。
「どうしてここに?」
 しかし、彼は……と思いながらこう問いかける。
「あの一件の直前にセイランにプラントに放り出されたんだ。その後、何とか戻ってきたときにはキラ達と連絡が取れなくなっていた」
 クレタ沖では連絡を取れる状況ではなかったし……と彼は肩をすくめてみせる。
 確かに、あの状況で連絡を取るのは、彼等を危険に追い込む可能性があった。だから、その判断は正しいだろう、とミリアリアも思う。
「あれのコンサートがある、と聞いたからな。きっと誰か知り合いが来るだろうと考えて探していたんだ」
「そこにかもネギの私がいたわけね」
 でも、その判断は間違っていなかったようだ、と彼女は笑う。
「そう言うことだ。これはもういいんだろう?」
 自分が荷物を片づけ始めたことに気付いているのか、彼はこう問いかけてきた。
「えぇ。聞く耳のないバカに任せておけばいいわ」
 自分は我慢できないから、と言外に付け加えれば彼は嗤って頷いてみせる。
「個人的に言えば、あっちは今、大変だと思うがな」
「でしょうね。でも、大丈夫じゃない?」
 キラがいるから……と唇の動きだけで告げれば彼は笑みを柔らかい――だが、どこか苦いものも滲ませている――に変えた。
「そこのあたりも含めて情報交換をしないか? プラントにいたあたりの情報が欲しい」
 他にも頼みたいことがある、と彼は続ける。
「私はいいけど?」
「ありがとう。お礼におごらせてもらうよ」
 こちらはキラには内緒で、とさりげなく付け加えられて、ミリアリアは思わず吹き出してしまった。

 彼の言葉は嘘ではなかった。
 モニターに映し出されている光景にアークエンジェルのブリッジ内の気温がどんどん下がっていく。
 いや、それがわかっているからブリッジに隔離されているといった方がいいのか。
「ラクス……」
 この空気を何とか出来るのはお前だけだ、と言われても……と心の中でため息を吐きながら、キラはそっと呼びかけた。
「何でしょうか、キラ」
 言葉とともに振り返った彼女の言葉は柔らかいが、頬のあたりが引きつっている。
「僕は、君の歌の方が好きだよ」
 ともかく、これだけは真実だから伝えておく。
「キラ?」
 こう聞き返しながらも、ラクスはどこか嬉しそうだ。
「……彼女には、子守歌は似合わないよね」
 癒しの歌は歌えない。でも、ラクスの歌の真髄はそれだから、とキラはさらに言葉を重ねる。
「まぁ……軍人っていうのは欲求がたまっているもんだしな」
 昔から、戦場でのアイドルは下品と紙一重だった……とバルトフェルドも口を挟んできた。
「あれがお前と同じ顔をしていなければ、俺も素直に称賛したかもしれない」
 確かに、戦場にいるものを鼓舞するにはあの服装は効果的だ。あの肉体もな、と彼はさらに言葉を重ねる。
「バルトフェルド隊長」
 あきれたようにマリューが彼に呼びかけた。
「……ご心配なく。その程度はわかっておりますわ」
 だからといって、この嫌悪感が消せるわけではないのだが……とラクスは付け加える。
「いったい、どなたの差し金なのやら」
 彼女がこう呟く。
 その時だ。キラはある可能性に気付いてしまう。
「……まさか、とは思うんだけど……彼女を《ラクス・クライン》にするために、ラクスの命を狙ったわけじゃないよね?」
 だとするなら、その犯人を許せない。そう思いながらも言葉を口にした。
「可能性は否定できないな」
 バルトフェルドもキラの言葉に頷く。
「……どうやら、予想以上にタヌキらしいな、あちらの議長は」
 この呟きに、誰もが頷いてみせた。