デュランダルは自分の指先につままれているそれに視線を落とした。
「ここが研究室であれば、すぐに結果を出せるのだがね」
 それでも、何とか結果は出せるだろう。そう呟きながら、それ――アレックスの毛髪を見つめる。
「幸いなことに、アスラン・ザラのデーターは手元にあるからね」
 それと比較をすれば彼が何者なのかはわかるだろう。
「ここからは、誰も逃げられないしね」
 自分も含めて、だが……とデュランダルは自嘲の笑みと共にはき出す。
「私の計画には、どうしても《アスラン・ザラ》ともう一人が必要なのだよ」
 君の他にね、と彼はそのまま視線を流した。
「ギル……お願いですから勝手に出歩かないでください」
 小さなため息とともにレイが声をかけてくる。
「今は君が一緒にいてくれるだろう?」
 ここでは、とデュランダルは微笑みかけた。
「……俺にも軍務があります。今は艦長のご厚意でギルの護衛に付いていますが、何があるのかわからないんですよ?」
 自分はパイロットだから、襲撃があれば出撃しなければいけない。その時はデュランダルの側にいられないのだ、と彼は口にした。
「それでもだよ、レイ。君のためにも彼ら――いや、彼の存在が必要なのだ」
 彼のDNAデーターが、とデュランダルは言いきる。
「不完全なそれですら君の治療には役立っている。完全なものが手に入れば、君も普通の人間のように生きられるはずだ」
 もう一人の君はそれを望まなかったが、と少しだけ眉を寄せた。
 彼は自分が生き長らえるよりも、世界を自分と心中させることを選んだ。
 それは完遂されることはなかったが、彼は本望だったのではないか。
 彼の命を立ったのは、愛しい女性の面影を色濃く残した少年だったはず。
 レイは未だに認めてはいないが、それも彼が望んだ結末の一つだった。そうすることで、彼は自分の存在をこの世界に残したのだから。
「……でも、キラ・ヤマトは……」
 小さな声でレイが呟く。
「それも、ラウが望んだことだ。彼は苦しんで死ぬよりは、愛しい女性の血をひく存在に自分の生を終わらせて欲しい、と思っていたのだよ」
 彼が愛した女性は彼女だけだったからね……とそうも付け加える。
 同じ女性の血をひく存在でも、カガリ・ユラ・アスハを選ばなかったのは、彼女が実父にそっくりだからだろう。
 ラウはその存在を憎んでいたのだ。
「……俺には、わかりません」
 レイが小さな声でこう呟く。
「いずれ、君にもわかるよ」
 誰かを本気で好きになれば……とデュランダルはそっと彼の髪に触れる。
「私がそのための時間を、必ず君にあげるよ」
 それまで待っていてくれるね? と問いかければレイは静かに頷いてみせた。
「いいこだ」
 彼の髪に指を滑らせると、その肩へと手を置く。
「行こう。君と話し合いたいこともあるからね」
 この言葉に、レイは静かに頷いてみせた。

 事態が動いたのは翌朝のことだった。
「……ユニウスセブンが?」
 その報告にカガリは絶句している。
 それも無理はないだろう。
 あれだけの質量のものが地球上へ落下すればどれだけの被害が出るか。もちろん、オーブも例外ではないはず。
 オーブの代表としてだけではなく私人としてのカガリもそれは受け入れられることではないはずだ。
 もちろん、自分も例外ではない。
 あそこにはキラがいる。
 彼の安全を守るためにはどうしたらいいのか。そう考えれば、答えは一つしかないだろう。
「……砕くしか、ないだろうな」
 アレックスはこう告げる。その瞬間、その場にいた者達が信じられないという表情を作って彼を見つめてきた。
「それ以外に被害を抑える方法はないはずです。軌道を元に戻すことが不可能なら、なおさらでしょう」
 プラントの人間にとって、彼の地がどのような場所であるのかはわかっている。それでも、いや、それだからこそ生きている人間を優先すべきなのではないか。アレックスは淡々とした口調でそう告げる。
「だが、あそこは!」
 ミネルバの副長が即座に反論の言葉を口にした。
「わかっています。俺だって、砕きたくてそう言っているわけじゃない」
 それに、とアレックスは言い返す。
「他によい方法があるというのであれば、いくらでも協力をします。ですが、俺にはそれが考えつきません」
 それとも貴方にはあるのか。アレックスは彼へとフォレストグリーンの瞳を向ける。
「……それは……」
 結局、彼も感情だけで口にしていたらしい。
「……砕くべき、だろうね」
 不意にデュランダルが口を開く。
「議長!」
「自分たちの感傷で被害を大きくした。そう言われるのは不本意であろう?」
 自分たちは平和への道を進むべきなのだから。そう告げる彼の言葉がどこかしらじらしく感じられるのはどうしてか。
 しかし、それを口にしてはいけない。
 今は少しでも被害を抑えることを優先すべきだろう。
 何よりも、大切な存在のために。
 アレックスはそう判断していた。