目の前のモニターに映し出されたPVにアレックスはあきれたくなる。
「本気で、これが彼女の歌だと思っているのか?」
 確かに声はそっくりだ。しかし、歌のメッセージとまるっきり正反対の歌い方に誰も違和感を持たないのだろうか。
 それとも、それもわからないのか。
 おそらく、後者だろう。
「結局、誰かの手の上で踊らされているだけだ、と言うことに気付いていないのか」
 それとも故意に目をそらしているのか、とそう呟く。
「いや、巧妙にそされていると言う可能性もあるな」
 その点に関しても抜かりはなさそうだ。
 こう呟きながら、アレックスはさっさとモニターの電源を落とす。これ以上、あの少女の姿を目にしたくなかったのだ。
「……己がただの操り人形だ、と気づければいいんだろうがな」
 そうすれば、あるいは《自分自身》に戻れるかもしれない。
 誰かの名前で得た評価など、ただの虚像にしかすぎないのだ。それであれば、ほんの一握りの人間でいい。自分を《自分》として受け入れ、評価してくれるのであれば、それで十分だろう。
「余計な名前など、必要ない」
 家名だろうと《英雄》と言う評価も、だ。
「……キラが俺を『好きだ』と言ってくれれば、それでいいんだ……」
 それ以上の評価は自分にはいらない。
 言葉とともにイスから立ち上がる。そのまま、ベッドへと移動していく。
「キラ……」
 いったい、今、彼等はどこにいるのか。
 自分にも情報がつかめないと言うことは、取りあえず安全な場所にいるのだろう。
 そう考えながらベッドの上に腰を下ろす。それでも、彼が悪夢に魘されていないとは限らないのだ。それを追い払うのは自分の役目だ、とそう思っている。
 しかし、今はそれをしてやれない。
 その事実を一番辛いと思っているのは、間違いなく自分だろう。
「大丈夫だ、キラ」
 だから、彼にではなく自分に言い聞かせるために口を開く。
「俺は、必ずお前の側に帰る。生きて、な」
 だから、それまで待っていて欲しい。
 この言葉とともにそっと目を閉じる。そうすれば、まぶたの下にキラの笑顔が見えたような気がした。

 アークエンジェルのシステムの点検や修正で一週間近くかかっただろうか。
 その間、世界は大きく動いていないように思えた。
 しかし、それはあくまでも表面上のことだったらしい。
「……オーブの艦隊が、領海外に出た?」
 久々にキラがあちらこちらから情報を入手していたときに引っかかったそのデーターを見て、カガリが顔をしかめる。
「……うん」
 だが、それはキラも同じだ。
 いや、この場にいる者達誰もが同じ気持ちなのではないだろうか。
「オーブ軍が、自国以外に出撃するなんて……」
 その中でも一番ショックを受けているのは彼女だろう。白くなるほど拳を握りしめている様子から判断をして、掌に爪が食い込んでいるのではないだろうか。
「オーブ軍は、他国を侵略するための存在じゃない!」
 オーブという国――国民を守るための存在だ。
 もちろん、その存在は完璧ではないし力が及ばないことも多い。だからこそ、あの日、地球軍に蹂躙されてしまったのだ。その事実に関しては、今でも慚愧に堪えない。
 だからといって、それを避けるために他国に侵略していいと言うことではないはず。
「オーブ軍は専守防衛を目的に作られたのに!」
 しかも、出撃した艦艇の数を考えれば、オーブに残る軍人達では有事に国民を守ることはむずかしい。いや、不可能だと言っていいのではないか。
「いったい何を考えているんだ、あいつは!」
 彼女が怒りを向けているのは、おそらく最高司令官として艦隊に同行している相手に大してだろう。
「お飾りでいてくれればいいんだがな」
 苦笑いと共にバルトフェルドが言葉を口にする。
「一緒にいるのがトダカ一佐だろう? 彼に全ての指示を任せてくれれば、それほど損害は大きくならないだろう」
 たとえ、地球軍がオーブ軍を捨て駒にしようとしても、だ。彼の指示があれば言葉は悪いが、最低限の被害ですむ。
「言っちゃ何だが……隊長というのは因果なものでな。部下を大切だ、と思いながらも、どこを切り捨てれば隊を救うことが出来るのか、同時に考えるものなんだよ」
 自分だって、多くの部下を亡くしている。
 だが、それ以上に救えた者達の方が多い。だからこそ、今自分たちの味方をしてくれるものがいるのだ。微かな自嘲の笑みと共に彼はこう続ける。
「それは……私もわかっている……」
 あの戦いで勝利と引き替えに大切な人々を失ったから、とカガリは頷く。
「だからこそ、もう誰も失いたくない。そう思うが……状況によっては切り捨てざるを得ないだろうな」
 キラには辛いことかもしれないが、と彼女は誤るように付け加えた。
「……わかっているよ、カガリ……でも、僕は……」
「こっちも、それはわかっている。そして、お前にその実力があることもな」
 だから、キラはキラの信じた道を進めばいい。このバルトフェルドの言葉に誰もが同意をしている。
「それよりも、どうするんだ?」
 と言うよりも、どうしたいのか……と彼はカガリへと視線を向けた。
「……できれば、オーブ軍を撤退させたい……」
 たとえ、どのようなことをしても……と彼女は口にする。
「でも、どうすればいいのか、わからないんだ……」
 素直にこう続けたのは、この場にいる者達ならばそんな彼女の言葉を聞いても『未熟』の一言で切り捨てたりしないとわかっているからではないか。
「……なら、行ってみる?」
 その場まで、とキラは彼女に問いかける。
「キラ?」
「……方法なんて、僕にもわからないよ。でも、カガリがそうしたいって言うなら、僕は協力するだけだよ」
 だから、まずは行ってみよう……とキラは微笑む。
「……すまない、キラ」
 言葉とともにカガリがキラをそうっと抱きしめてきた。
「と言うことで、決まりだな」
 バルトフェルドが頷いている。それを合図に、アークエンジェルは海底から空を目指して浮上を始めた。