オーブの追尾の手を逃れて、アークエンジェルは海底深く身を潜めていた。
「……で、これからどうするつもりだ?」
 ようやく、あの忌々しいドレスを脱ぎ捨てられたことにほっとしながら、カガリはこう問いかける。
「取りあえずは、しばらく情勢を確かめたい、と思う」
 何もしていない、と言われるかもしれないけど……とキラは言葉を返してきた。
「何が正しくて、何が間違っているのか……それを見極めないうちは、動けないと思う」
 いったい誰が味方で、誰が敵なのかを……とキラは口にする。
「そうだな。不本意かもしれないが、今しばらくはここで息を潜めているのもいいだろう」
 あまりに急すぎて、準備が整っていないことの方が多いしな、とバルトフェルドも頷いてみせた。
「半分以上は、バルトフェルド隊長とキラとマードックさんにお願いしなければいけないことですから、わたくしたちは暇と言えば暇ですわね」
 ラクスが小さな笑いと共にこう言ってくる。
「おいおい」
「ですから、その間、世界情勢を集めるぐらいのことはさせて頂きますわ。もっとも、キラやバルトフェルド隊長のように全ての情報を集めることは出来ませんけど」
「あぁ、いい。お前達はそこまでするな。そっちに関してはノイマンに任せておく」
 ラクス達が下手に動けば、こちらの居場所に気付かれる可能性がある。その言葉に反論を挟めないというのが事実だ。
「……不本意だが、しかたがないな」
 確かに自分たちの実力ではそうだ。カガリはそう言って頷いてみせる。しかし、キラに負担をかけることもいやなのだ。
「お前達の才能がこちらに向いていないだけだ。その代わりに、お前達には他の役目がある」
 だから、気に病むな……とバルトフェルドが優しい口調で告げる。
「それに、お前達の視点は俺たちと違うからな。あるいは、俺たちが普段見逃しているような物を見つけられるかもしれない」
 そう言うところに重要なヒントが隠れているかもしれないしな、と付け加えたのは、彼なりの気遣いなのだろうか。
「そう言うことなら、ミリィであればもっと色々と知っているかもしれないな」
 今はフリーのカメラマンとしてあちらこちらを飛び回っている友人の顔を思い出して、カガリは呟く。
「そうですわね。それに、きっと心配されていますわ」
 もっとも、彼女の耳にまで届いているかどうかはわからないが。ラクスはそう付け加える。
「……ミリィなら、きっと知っているような気はするけどね」
 エリカ主任あたりから連絡が行っていたとしてもおかしくはない、とキラが口を開く。
「彼女には、僕が作ったメールソフトを渡してあるから」
 偽装メールでも誰かに気付かれることはないんじゃないかなぁ? と彼は首をかしげながら付け加えた。
「それなら大丈夫だな。どうしても気になるなら、ノイマンに頼んで送信してもらえ」
 それなら確実だ、とバルトフェルドも頷いてみせる。
「……考えておく」
 確かに連絡は取りたい。
 だが、そのせいで自分たちだけではなく彼女に危険が及んでは意味がないだろう。そう判断をしてカガリは言葉を返した。
「今日の所は疲れているだろうからな。温泉にでも入ってこい」
 小さな笑いと共にバルトフェルドがこういった。
「……温泉?」
 そんなものがあるのか、とカガリは目を丸くする。
「マードック達の力作だ」
 冗談で言っただけなんだが、と彼は言葉を返す。
「……そうは思えませんでしたけど?」
 苦笑と共にマリューが口を挟んでくる。
「妙に盛り上がっていたことを覚えているわ」
 あれが冗談だというのであれば、戦闘とコーヒーに関すること以外は全て冗談ですませていることになる……と彼女は真顔で付け加えた。
「いいじゃないか……男のロマンだよ」
 そのくらい遊ばせてくれ、とバルトフェルドはため息を吐く。
「でも、本当にいつの間に作ったんですか?」
 本格的なものだし、とキラは苦笑を浮かべる。
「ヘリオポリスから脱出した後のことを考えれば雲泥の差ですね」
 あの時は水の確保に苦労していたから、と彼はそっと付け加える。
「そうね」
 そうだったわね、とマリューもさらりと受け流す。しかし、彼女の視線はキラの様子を気遣うようなものだった。きっと、あの時のことを思い出してキラの心の傷がまた口を開けるかもしれない、と心配しているのだろう。
 確かに、そうなったら困る。
 今の状況では、キラに負担が集中することは目に見えているのだ。
「そう言うことなら、おすすめの温泉を確認させて貰おうか」
 だから、切り上げるために言葉とともに立ち上がる。
「ラクスも付き合ってくれるか?」
 考えてみれば、彼女と二人だけで相談するにはそういう場所の方がいいのかもしれない。
「そうですわね。お付き合いさせて頂きましょうか」
 ラクスも何かを感じ取ったのか。こう言って頷いてくれる。
 無意識なのか。キラがそんなラクスの姿を見つめている。
「何だ? お前も一緒にはいるか?」
 そんな彼の様子に、カガリの中にイタズラ心がわいてきた。
「ただし、女湯にだぞ?」
「カガリ!」
 即座にキラが言い返してくる。その頬が真っ赤だ。
「冗談だって。まぁ、お前が一緒でも私は気にしないがな」
 双子だし、男だと思ってないから……とカガリは笑い飛ばす。
「でも、アレックスが気にしますわよ」
 妙なところで独占欲が強いから、とラクスが笑いながら参戦してくる。
「だよな。別にキラの裸ぐらい、どうって事ないのに」
「そうですわよ。何度も見たことがありますわ」
 今更ですわよね、と言うこのセリフがキラに多大なダメージを与えることになったらしい。
「……いいから、二人ともさっさとお風呂に入っておいでよ……」
 根を上げたようにキラがこう口にする。
「そうだな。お前らがいると話が進まん」
 ため息とともにバルトフェルドがキラの味方をするように言った。
 それを合図にカガリは行動を始める。ラクスも同様だ。
「気が変わったら、いつでも来て構わないからな」
 笑いながらこう言い残すとブリッジを出る。
「カガリのバカ!」
 キラのこんなセリフが彼女たちの背中に向けて投げつけられた。