自分たちに祝福を贈っている民衆よりも警護のものの方が目に付くのは、自分の精神状態が関係しているのだろうか。 微笑みを作ることすら放棄してカガリは心の中で自問していた。 「カガリィ! みんなが心配しているよ? 笑わないと」 そう言いながら、ユウナがそっと腰に手を回そうとしてくる。そんな彼の足を、カガリは遠慮なく蹴飛ばす。ヒールのおかげか、かなのダメージを与えられたらしい。 「……そもそも、私は認めてないんだがな」 ぼそっとこう言い返す。 「カガリィ、そんなぁ……」 ショックを隠せないというようにユウナがこう呟く。 「でも、いいよ……ハウメアの前で誓えば、君だって認めざるを得ないもんね」 望むなら、君の弟だけはこの国に残れるようにしてやる。もっとも、他の同居人に関しては知らないけど……とさらにユウナは言葉を重ねた。 つまり、こいつらは自分に言うことを聞かせると同時にキラを都合よく使おうとしていると言うことか。 お互いがお互いの人質になる、とユウナをはじめとした者達は考えているのだろう。 そして、それは間違っていない。 だが、とカガリは心の中で呟く。 キラを甘く見るな。彼は確かに傷ついて、一時的に動くことは出来なかったかもしれない。しかし、その傷も癒えてきている――彼の傷を癒せたのが自分でないことだけは少し悔しいが――今は、昔と同じ強さを見せてくれるに決まっている。 何よりも、と彼女はそのまま視線を外に流した。 彼は今、その手に己の半身とも言える でも、本当は……と彼女はそっと唇を噛む。 再びあれにキラを乗せたくはなかった。 アレックスがいれば、キラに負担をかけずにすんだだろうに。 考えてみれば、その原因を作ったのもこいつらだ。 本当に、それなりの報復を与えてやりたい。 しかし、今の自分では出来ることは何もない、と言っていい。車から降りた瞬間に逃げ出そうにも、ここまで高いヒールを履かされていては不可能だ。 それもあって、連中はこのドレスを一式、用意したに決まっている。自分の趣味ではないドレスを身に纏うのがどれだけ不快か、男にはわからないんだろうな、とそんなことも考えてしまう。 ユウナがこれを着るなら、結婚を考えてやると言えばよかっただろうか。 半ば自棄になりながらそう考えていれば、車は目的地に着いてしまった。 「頼むぞ、キラ……」 こいつと結婚をするだけならばまだしも、オーブを大西洋連合の属国にするわけにはいかないのだ。 もちろん、自分が姿を消してもそうなる可能性の方が大きい。 それでも、書類に自分がサインをするしないで状況は大きく変わってくるはずなのだ。 だから、と心の中で呟きながら、のろのろと神殿へと向かう階段を上り始める。 そのまま半ばあたりまで進んだときだ。不意に影が二人の上にかかる。そのまま、それは大きくなっていった。 「なっ、何だ」 視線を向けたユウナが、こう言って騒ぐ。 「フリーダム!」 ようやく来てくれたか、とカガリは逆に笑みが浮かんでくる。 そのまま、フリーダムは一息に距離を狭めてきた。 「撃て! あれを撃てよぉ!!」 ユウナがこう叫びながら警備の者達の方に駆け寄っていく。彼等が持っているライフル程度でフリーダムの装甲が傷つくわけないだろう、とあきれたくなる。 だが、彼が離れてくれたことでこちらとしても行動しやすくなったことだけは事実だ。 埃を舞上げることなくフリーダムはその場に着地する。そのまま、カガリに向かって手を差し伸べてきた。カガリの方もまた、それに向かって駆け寄っていく。 壊れ物を持ち上げるときのようにカガリの体をそうっと持ち上げると、フリーダムはそのまま大空へと飛翔をした。 「カガリ!」 銃弾が届かないと判断した高度までたどり着いたところでキラがハッチを開ける。そして、手を差し伸べてきた。 「悪い!」 その手を掴むと同時に、カガリの体がコクピットの中に引き込まれる。そのまま、キラの膝の上に座る羽目になってしまった。 「……凄いね、そのドレス……」 カガリの姿を確認して、キラがこう呟く。 「……キラ?」 「わかっているよ。カガリの趣味じゃないのは」 そう言った意味での「凄い」と言いたいようだ。それはわかっているが、何か面白くない。 「お前なら無条件で似合いそうだけどな」 脳内で想像をしてカガリは頷く。今回の憂さ晴らしに後でラクスと相談をしてみよう。 「カガリ!」 そんな彼女の思考を中断するようにキラが厳しい口調で呼びかけてくる。 「……あいつら……」 自分が同乗しているとわかっているのに、まさかMSで追尾させるとは思わなかった。 「スピードを上げるから」 振り切れるよ、とキラは口にする。それは、自分を安心させるための物だろうか、とカガリは心の中で呟く。 「任せる」 この言葉を確認すると同時に、キラはフリーダムのスピードを上げる。 そのまま、彼等は蒼穹の果てへと姿を消した。 ミネルバのMSデッキ内がいきなり騒がしくなる。 「いったい、何があったんだ?」 服務規程を終えたシンがこう問いかけてきた。きっと、ずっとこの場にいた自分であれば情報を持っているのではないか、と思ったのだろう。 「本国からの増援が着いたんだそうだ」 これから着艦するから、その準備だろう……とレイは言い返す。 「増援?」 「あぁ……新型だそうだ」 パイロットは経験者だと聞いているが、と彼は続けた。 「……経験者、ね」 だからといって役に立つのか、とシンは言いたいらしい。しかし、デュランダルが直々に指示をしたという以上、レイとしては信用したいと思う。 「どちらにしても、俺たちだけでは辛くなっているんだ。前の戦争を経験している人であれば、それなりにアドバイスしてくれるだろう」 それだけでもプラスになる。そう言えばシンは取りあえず納得したらしい。きっと、今までの戦闘で、自分たちがどれだけ経験不足なのかがわかったのではないか。 経験だけは、一足飛びに身につけられる物ではないのだ。 しかし、まさかその人物が《アスラン・ザラ》だったとは、レイも予想していなかった。 |