バルトフェルドの言葉を聞いた瞬間、ラクスが体を強ばらせた。 「鍵?」 きっと、それはこの言葉に関係しているのではないか。 でも、いったい何の鍵なのだろう。そう思いながらキラは彼女の顔をのぞき込む。 しかし、何故か彼女はキラの視線から逃れるように顔を背けてしまった。 「ラクス……」 ひょっとして、自分に気付かせたくない何かに関わっているのだろうか。 そんなことを考えながら、キラは周囲をゆっくりと見回す。そうすれば、背後の壁の中央にある継ぎ目が少しだけ引っかかった。 構造上、そこにあってもおかしくはない。 だが、他の箇所と違って、そこだけ周囲に柱がないのだ。 「……ラクス……」 あるいは、その奥に何かあるのかもしれない。しかし、彼らが自分に隠さなければならないものとは、いったい何なのだろうか。 「ラクス。気持ちはわかるが、今はそれしか方法がない……このまま、みなを殺されるのはいやだろう?」 だから、とバルトフェルドがラクスに声をかけている。 その瞬間、キラの中にある可能性が浮かんできた。それならば、彼女がためらうのもわかる。同時に、この場にアレックスがいたならば無条件で彼女はバルトフェルドに《鍵》を渡していたのではないだろうか。 「ラクス」 でも、とキラは心の中で呟きながら視線を向ける。 「僕は、大丈夫だから……」 だから、みんなを守るための《剣》があるならば、渡して欲しい。 キラは淡々とした口調でそう告げる。 「……キラ……」 ラクスが泣き出しそうな表情で彼の名を呼ぶ。そんな彼女に向かって、キラは何とか微笑みを向けた。 「鍵を」 自分は、もう、誰も失いたくない。だから、と付け加えれば、ラクスは辛そうに目を伏せる。そして、手の中にいたピンクハロを抱きしめた。 「ラクス。時間がないぞ」 バルトフェルドが最後通牒を突きつけるかのようにこう告げる。 「……ピンクちゃん……」 小さな声で、ラクスがハロに呼びかけた。 「ミトメタクナ〜イ!」 ハロがこんな言葉を口にしながらも、大きく体を開く。その中央に金色に輝く鍵が存在していた。 「いいな、キラ」 それに手を伸ばしながら確認するようにバルトフェルドが問いかけてくる。 「……みんなを守るためならば」 こう言い切ったキラに彼は頷いてみせた。そのまま、その手に鍵を握りしめる。 「こっちだ」 キラが引っかかりを覚えていた壁へと彼はそのまま歩み寄っていく。その後を、キラもまた付いていった。 壁の側に設置されている端末の前へとたどり着いたところで、彼はキラに向かって鍵を一つ放り投げる。 「お前は、そっちだ。タイミングを合わせろよ?」 どうやら、少しでもタイミングがずれるとここの鍵は外れないらしい。それは、きっと、中にあるものを迂闊な人間に渡さないためではないか。 近づいてみれば、ここの壁はアークエンジェルの外壁と同じ素材でできているのもわかる。 これを破壊するとなれば、それこそ戦艦の主砲かMSのビームライフルなどでなければむずかしいだろう。 「いいな?」 そんなことを考えていたキラの耳にバルトフェルドの声が届く。 端末に鍵を差し込みながら、キラは頷き返す。 「3.2.1」 バルトフェルドがカウントダウンを始める。 「0」 この声と共に、キラは鍵をひねった。 一瞬の間をおいてゆっくりと目の前の壁が左右に移動していく。 その奥に、ある意味見慣れた光景が存在していた。そして、その中央には、かつてラクスから与えられた いったい、いつの間に修理をしていたのだろうか。 しかし、今はそのことよりもこれが目の前にあることの方が安心できる。これで自分はみなを守ることができるのだから。 その気持ちのまま、キラはゆっくりと ただ、これだけは譲れない、と心の中で呟いた。 「僕は……もう二度と、お前で誰かの命を奪うことだけはしない」 守るための戦いならそれで十分だろう。 唇をかみしめると、キラはそのままコクピットに滑り込む。 閉まっていくハッチの間から心配そうなラクスの姿が見えた。 目の前の機体がオーブのものではない。それどころか、ザフトの新型である、と言う事実に気が付いたのは戦闘が終わってから、のことだった。 だが、それ以上にキラにとって衝撃的だったのは、パイロットに支障がないように動きを封じた全ての機体が、彼の目の前で自爆したことだ。 「……どうして……」 いったい、何のために彼らは命を捨てたのか。 そして、誰がそれを命じたのか。 「……アレックス……」 怖い、とキラは呟く。 世界がどちらに向かおうとしているのか。人々の悪意がどこに潜んでいるのか、自分にはわからないから、だ。 「トリィ?」 そんなキラを心配するように、いつも側にいるトリィが小さな声で鳴いた。そんな彼の仕草に、キラは少しだけ心が軽くなる気がする。 「帰ろうか、トリィ」 みんなの所に、と付け加えると、キラはフリーダムを飛翔させた。 |