軍にすら、セイランの手が及んでいるとは思わなかった。
 こことモルゲンレーテだけは自分を支持してくれている。そう信じていたのは間違いだったのだろうか。
「……失敗したな」
 小さなため息とともにカガリは開かないドアに背を預ける。
「どうすれば、いい?」
 このままでは、自分がここに閉じ込められている間に、セイランが自分たちに都合がよい方向へこの国を進めてしまいかねない。しかし、それは国民にとってよいものだとは限らないのだ。
 だが、あの者達にはそう見えていないのだろう。
 彼らにしてみれば、自分たちの利権が優先なのではないか。
 あるいは、寄らば大樹の陰、とでも思っているのかもしれない。
 しかし、そのために切り捨てられる者達の存在を、あの者達は忘れているのだ。しかも、その切り捨てられる者達が、一番、オーブに貢献してくれていた、と言うのに、だ。
「私なら、全部取るのに」
 オーブの平和もコーディネイター達の安全も、だ。
 きれい事と言われても、それがオーブの理念であり自分の本音なのだからしかたがないだろう。そして、それを変える予定はない。
 あの連中にしても、それはわかっているはずだ。
 だからこそ、自分をここに閉じ込めているのではないか。
「何とかして、キラ達に連絡を取れればいいんだが」
 そうすれば、彼らがきっと動いてくれる。
 それでも、最悪のパターンをようやく回避できる程度だろう。
「こうなるとわかっていれば……アレックス以外の誰かをこっそりと政庁内に引き込んでおくんだった」
 それも、内密に、だ。そうすれば、自分の不在に気付いて即座に行動を取ってくれたに決まっている。
 もちろん、今更言ってもしかたがないこともわかっていた。
「まったく……私はコンピューターには強くないんだぞ」
 それでも何とかしなければいけない。
 キラにハッキングの基本を教えて貰っておいてよかった。そんなことを呟きながらカガリは端末へと歩み寄っていく。
「これが殺されていたらアウト、だがな」
 いくらキラでも、ネットワークにつながっていない端末からハッキングをすることは不可能だ。だから、と思いながらカガリは端末を立ち上げる。
「うまくいってくれよ」
 祈るように呟きながら、カガリはキーボードに指を走らせた。

「……カガリが行方不明?」
 バルトフェルドの言葉に、キラは眉を寄せる。
「マーナ夫人からの連絡だ。こちらに来ていないか、と問いかけられたんだが……」
 今日はこちらに来る予定がないし、来てもいない……と返事をした瞬間、そう言われたのだ、と彼は続けた。
 それは当然のことだろう。
 自分でも同じように応えたに決まっている。
「でも、確か今日は軍の施設に行ったはずですが……」
 少なくともオーブ軍はカガリの味方だったはずなのに。それとも、その中にも彼女を害しようと思う者達がいるのだろうか。
「わからんが……古狸ならばいくらでも方法を考えつくと思うぞ」
 でなければ、子飼いがいる基地にカガリを視察に行かせたか、だ。
「どちらにしても、確認をしなければいけないだろうな」
 そのくらいであれば苦ではないから構わないが……と彼は笑う。
「と言うわけで、それに関してお前は手に出すな」
 自分に任せておけ、と彼は続ける。
「バルトフェルドさん……」
 しかし、それでいいのだろうか。カガリは自分の姉弟なのだし、とそう思いながら彼に向かって反論をしようとする。
「だから、お前は普通に食事を取って普通に寝ろ」
 それを遮って彼はこう言い切った。
「お前があたふたすれば、子供達が不安がる。俺でできることは俺に任せておけ」
 こう言われてしまえば、キラは頷かないわけにはいかない。
 それでも納得できないのは、彼にだけ負担をかけてしまうとわかっているからだろうか。
「なら、食事が終わった後に……」
「何があるかわからない。俺は慣れているが、お前はそうではないからな」
 だから、休めるときにはきちんと休め……と彼は言いきる。
「バルトフェルドさん」
 彼は何かが起きる、と思っているのだろうか。そんなことを考えながら呼びかけた。
「……きっと、これは序の口だぞ」
 それに、彼はため息とともにこう言ってくる。
「状況次第では、プラントに移住をすることも考えなければいけないかもしれないな」
 自分とラクス、そしてキラの三人だけでも……と続けた。
「あいつのことは心配するな。お前がいる場所であれば、どこであろうと帰ってくるに決まっている」
 だから、心配するな……と言われてキラは反射的に頬が熱くなってしまう。彼らには自分の関係が知られているとはいえ、やはり面と向かって言われるのは恥ずかしい。
「いいこだから、今日は俺の言うことを聞け」
 そんなキラに向かってバルトフェルドはさらに釘を刺してくる。
「……はい……」
 納得はできないが、彼の意志を変えることもむずかしいこともわかっていた。それに、無駄に口論をしている間にカガリに何かあっても困る。
 だから、キラは渋々ながら頷いてみせた。