オーブが一枚岩ではない、とわかっていたが……まさかここまでするとは思わなかった。 オーブの領海を出ると同時に攻撃を加えてきた地球軍の艦隊にレイは眉を寄せる。 『でも……』 そんな彼の耳に、ルナマリアの悔しげな声が届く。 『情報がもらえていただけ、ましかしら?』 それが誰の指示かはわからない。しかも、その声の主は《砂漠の虎》の知り合いだと言っていたらしい。この情報はメイリンから回されてきたものだから間違いではないだろう。 「そうだな」 こう答えながら、レイはますます顔をしかめてしまう。 よりにもよって《砂漠の虎》を名乗るとは。 いや、本人なのかもしれない。 彼は《歌姫》の参謀役でもあった。そのためか、あの戦いの後、プラントを追われたはず。その後、オーブに来ていたとしてもおかしくはない。ここにはカガリ・ユラ・アスハがいるのだ。 そして、ラクス・クラインもこの地にいる可能性だってある。 だとするならば、アレックス・ディノは彼らと顔見知りなのではないか。 それなのに、彼は普通にカガリの側にいた、と言うことは、他の者達もあの男のことは認めていると言うことになる。 「……それなのに、あの男は《アスラン・ザラ》ではない?」 なのに、どうして本来であれば《アスラン・ザラ》がいるべきポジションに収まっているのだろうか。 それとも、彼は本当は《アスラン・ザラ》なのではないか。 確認したくても、この場では不可能だ。 だからといって、放置しておくには大きすぎる疑念だ。 答えを見いださなければ、心が安らぐことはないのではないか。そんな風に思ってしまうのは、自分もまた他人の代わりにそのポジションに収まるべく定められた存在だから、なのかもしれない。 「……だから、無事にザフトの支配域までたどり着かないと、な」 そのためには、目の前の存在から無事に逃げ出すか、それでなければ相手を殲滅しなければいけない。 しかし、この戦力差を埋めるにはどうすればいいのか。 「……せめて、ラウ並みの経験があれば……」 そうすれば、この状況をひっくり返せるだけの何かを見つけられたのかもしれない。 しかし、自分には経験はない。 アスラン・ザラやキラ・ヤマトのような卓越した実力もない。 その事実がここまで歯がゆいものだとは思わなかった。 「それでも……俺は、生き残る」 いや、生き残らなければいけない。 デュランダルに、またあの喪失感を与えるわけにはいかないのだ。 だから、どんなに無様なことになろうとも生き残る、とレイは心の中で呟く。 「……ザクに飛翔機能が付いていれば……」 そうすれば、もっと状況は楽になったのだろうか。 こう考えながら、レイは近づいてきた地球軍の機体を正確に撃ち落とす。それでも、一度に付き一機が精一杯だ。 このままでは、いずれこちらが疲弊することは目に見えている。 しかし、自分よりも前衛にいるシンの方がその度合いは高いだろう。 大気圏内でも飛行が可能なインパルスは、逆に言えば集中砲火を浴びる可能性が高いのだ。 それでも、彼に頑張ってもらわなければいけないことも事実。 仲間がそのような状況にあるときにフォローにいけないのがこれほど辛いものだとは思わなかった。 『シン?』 その時だ。 メイリンの驚いたような声が耳に届く。 おそらく、その前にシンから何か指示があったのだろう。しかし、自分はそれを聞き逃してしまったようだ。 「……気を付けないと……」 集中力が途切れかけている。その事実に気付いて、レイは顔をしかめた。 「しかし、シンは……」 どうするつもりだ、と思いながら一瞬だけ彼の姿を確認しようとモニターを操作する。 だが、そこにいたのは自分が知っている《シン・アスカ》ではなかった。 いや、彼の動きではない……と言うべきか。 「まさか……」 これと同じ状況を自分は知っている。 もちろん、実際に目にしたわけではない。それでも、デュランダルがその時の映像をどこからか入手して自分に見せてくれたのだ。いずれ、それを目の当たりにすることになるかもしれない、とその時彼は言った。 だが、それが今だとは思わなかった。 「……SEED因子の発動……」 三隻連合が勝利を手にすることができたのは、エースである二人がそれを持っていたからだ、と言う。そして、彼らが自分の意志でそれをコントロールできたから、とも聞いていた。 シンが、それを持っていたとは知らなかった。 いや、デュランダルは何かに気付いていたのかもしれない。 だからこそ、自分に彼と親しくなるように命じたのだ――もっとも、それがなくても、自分は彼と友人になっていたと思う。 しかし、それとこれとは違う。 「どうして、俺に……」 SEED因子がないのだろうか。 そう言ってもしかたがないことはわかっている。 でも、そう考えてしまうのは、あれを持っていればもっとデュランダルの役に立てるとわかっているからかもしれない。 「俺がこう考えていると、シンにだけは気付かれないようにしないとな」 それでも、彼は大切な友人だ。だから、とレイはこう呟いていた。 |