「……どうして、ここにおられるのでしょうね」
 デュランダル議長? とアレックスは問いかける。
「それは私のセリフかもしれないよ?」
 違うのかね、と相手は意味ありげな笑みを向けてきた。
「第一、私はザフトの最高評議会議長だ。自国の艦の中で自由にする権利はある、と思うが?」
 さらにこう言葉を重ねてくる。
「最高評議会議長でいらっしゃるからこそ、ここにおいでの理由がわかりませんが?」
 カガリとの話し合いをご希望でしたら、事前にご連絡を入れてください……とアレックスは付け加えた。
「ただ、本日はご勘弁を。代表もまだ混乱されていますから、落ち着く時間をいただければ、と思います」
 彼女は、あの時ヘリオポリスにいたのだ……とアレックスはさりげなく口にする。
「そう言えば、そうだったときいているね」
 いったい誰から聞いたのか。それはわからないが、彼は取りあえず頷いてみせた。
「でも、今私が話をしたいのは君なのだが?」
 しかし、こう切り替えしてくる。
「私はただの護衛ですが?」
 アレックスはこう言い返す。言外に自分には何の権限もないと告げるが、目の前の相手には何の意味も持たないだろうこともわかっていた。
「……オーブ代表の護衛としてではなく、君個人と……だよ?」
 君とはまるで知らない仲ではないしね、という言葉にアレックスは微かに眉を寄せる。
「いったい、どこでお会いしたでしょうか」
 まったく記憶がないのだが、とアレックスはさらに言葉を重ねた。
「そうだったかね?」
「えぇ。すれ違ったことはあるかもしれませんが、その相手を全て記憶していられるほど、記憶力がよくありませんので」
 それに、とアレックスは少しだけ悲しげな表情を作った。
「困ったことに、俺には記憶の欠落があるんですよ」
 主に戦時中を含めて、と口にする。
「それでも構わないと言うことで、代表に拾って頂きましたが、ね」
 正確には、自分を見つけてくれたのは彼だ。
 傷ついた者同士、と言う理由ではなかったにしても、自分の存在を許容してくれた。それが自分の容姿のせいだったとしても構わない。そうも考えている。
「たまたま、政治について学んでいた時期があったようですし、そこそこ戦闘もこなせると言うことで護衛役に抜擢して頂きましたが?」
 それが何か、と顔を上げると問いかけた。
「……取りあえず、そう言うことにしておいた方がいいのだろうね……」
 納得したわけではないが……と言外に彼は告げている。
 それどころか、逆に確信を深めているのではないだろうか。
 しかし、だ。
 自分たちさえしらを切り通せば、彼らには無理強いできないはず。オーブには間違いなく《アレックス・ディノ》という人間のIDがあるのだ。
 いくら最高評議が意義長とはいえ、他国の人間をどうこうできるはずがない。
「……アスラン・ザラ、という人物を知っているかね?」
 そう考えているアレックスの耳に、デュランダルのこんな問いかけが届く。
「名前だけでしたら、代表や三隻同盟に関わった方々からお聞きしていますが?」
 どうやら、自分は彼に似ているらしいし……と苦笑と共に言い返す。
「なるほど、ね」
 いったい何が『なるほど』なのか。
 目の前の男のちょっとした表情や仕草、何よりもその声にで不安をかき立てられる。
 同じような存在を自分はもう一人知っていた。だが、彼女のそれと彼のそれは対極にあると言っていいのではないか。
 今のキラにこの男を近づけてはいけない。
 この男はようやく傷が癒えてきたキラを壊してしまう。
 アレックスは不意にそんな疑念に襲われる。
「ご用がそれだけでしたら、これで失礼をさせて頂きたいのですが」
 それを表に出すことはなくアレックスはこういった。
「……まぁ、今日の所はお互いに疲れているようだからね。これで退散させて頂くよ」
 まだ諦める気はない。
 微笑みと共にこう言い残すと彼はゆっくりと歩き出す。
「個人を決めるのは、何だろうね」
 すれ違う瞬間、彼はこう囁いてくる。
 いったい、彼は何を言いたいのか。
 それを確認しようと、アレックスは反射的に彼を振り向いた。しかし、視線の先にはデュランダルの背中しかない。いったい、彼がどのような表情をしているのか、アレックスからは確認できなかった。
「……意味不明ですね、今の問いかけは」
 本当に、とため息を吐くとアレックスは視線を戻す。
 そのまま、自分に与えられた部屋のドアへと進んでいく。
「俺は《俺》ですよ。キラがそう言ってくれましたから」
 それだけでいい。この呟きと共に、アレックスは部屋の中へと足を踏み入れた。