目の前のデーターにデュランダルは微かに眉を寄せる。
「些細と言えば些細だが……見過ごすには大きい差違だな……」
 だが、とすぐに思い直す。
「そう言えば、彼はジェネシスを破壊するためにジャスティスを自爆させていたね」
 そして、ジャスティスは核エネルギーで動いていた。安全よりも行動性を優先しているパイロットスーツではそれを完全に防ぐことは不可能なのではないか。
 だから、彼の遺伝子が被爆の影響で変質したという可能性も否定できない。
 だが、何かが引っかかる。
 それは何なのか。
「……何かを見逃しているのかもしれないね、私たちは」
 だが、と思う。
 プラントに《英雄》は必要なのだ。だから、とデュランダルは表情を引き締める。
「どうやら、君達が生まれたときの出生データーをもう一度確認してみる必要があるね」
 そうすれば、何かが見えてくるかもしれない。そう彼は付け加えていた。

 翌朝、予想通りカガリの姿がリビングにあった。しかし、その様子はいつものそれと違う。
 しかも、だ。
 アレックスの姿を見た瞬間、思い切り顔をしかめる。
「すまない、アレックス」
 まさか、あの連中がこんな手段に出るとは思わなかった、とカガリは呟く。
「それだけ、俺をお前から引き離したかったんだろう」
 それとも目的は別の人間なのだろうか。思い当たる人間は数名いる。その中の一人は何があっても失えない、と仲間達が考えている相手だ。
「言ってはいけないのかもしれないが……キラやラクス、それにマルキオ様がここに引っ越してきてくれてよかったかもしれないな」
 ここにはバルトフェルド達がいる。何かあっても即座に対処をしてくれるだろう、と付け加えれば、当人達が苦笑を浮かべてみせた。
「あまりあてにされても困るな。俺たちは、一応、亡命者だからな」
 政治には深く関われないぞ、とバルトフェルドがマグカップを軽く持ち上げながら口を挟んでくる。
「直接は無理でも、相談に乗るのは構わないのではないですか?」
「まぁ、そうだがな」
 問題は、その時間があるかどうかだ……と言う言葉にアレックスも顔をしかめる。確かに、それはそうだろう。
 しかし、それに関してはカガリに頑張ってもらうしかない。
「私のことよりも、あの二人のことをたのみたい」
 そう考えていれば、カガリの声が耳に届く。
「私は……命まで狙われることはないだろうが、キラとラクスに関してはわからない」
 特にキラは、だ。
 連中にとって《キラ》と言う存在は気に入らなくてもその頭の中身は必要であるはず。だからこそ、最悪の結果を考えてしまう。
「そちらに関しては任せておけ。ラクスのことは当然だし、キラのことは鷹さんにも頼まれているからな」
 生き残った者が約束を果たすのは当然のことだ。それは軍人としての意識なのだろう。
「……バルトフェルド隊長……」
 頼むから、キラの前ではそういうことはいわないで欲しい、とカガリが告げる。彼にとって、親しい人の死は未だに起爆剤になりかねないのだから、とも。
「俺だって、そのことはわかっている。もっとも、フラガのことは何とか受け入れたようだがな」
 間違って口を滑らしてもいきなり爆発することはない。それでも、それでも配慮が必要だがな、と彼は笑う。
「あいつは、お前達が考えているほど弱くはないぞ」
 ただ、想像をしていなかった事態が一気にのしかかってきたせいで、それを消化するのに時間がかかっているだけだ……と彼は続ける。
「それはわかっています……ただ、連中はキツネとタヌキの集まりですからね。キラはもちろん、ラクスでも立ち向かうのはむずかしいかもしれない」
 そう考えれば、カガリを一人残していくというのも気にかかるのだが、拒めないというのも現実だ。
「取りあえず、キラに話してきます」
 自分の口からきちんと話をしておいた方がいいだろう。
「それから……カガリの許可がもらえるなら、古巣を回って来る」
 あそこであれば、情報を手に入れることも可能だから……と付け加えた。
「そのあたりの判断は任せる」
「ちゃんとラクスにも話してからいけよ?」
 その間に、こちらはこちらで話し合っておく……とバルトフェルドは手を振る。
「お願いします。ラクスもこちらに?」
「そうしてくれ」
 こちらの方はそれで何とかなるはずだ、と告げる彼にアレックスは静かに頷いてみせた。
 そのまま、キラが眠っている部屋へと足を向ける。
「また……泣かれるな」
 他の理由でキラをなかせることはあっても、こういうことで泣かせてしまうのは不本意だ。そんな風に考えてしまう自分に、アレックスは苦笑を浮かべる。
 だからといって話をしないわけにもいかない。
 それに、この状況であればキラだって理解をしてくれるはずだ。
 それでも、だ。
「せっかく、戻ってこられたのだが……な」
 この腕にキラを抱きしめて過ごせると思っていたのだが、こんなに早くそれが取り上げられるとは考えても見なかった。
「……やっぱり、後で報復をさせて貰わないとな」
 その状況を作ってくれた相手に、とアレックスは小さな声で呟く。
 自分の無能さを棚に上げて、と考えたせいだろうか。次第に足取りが荒くなっていく。それでも、部屋の側に行けば、それを自重する程度の理性は残っていた。
 部屋の前にラクスがいたから、と言うこともその理由かもしれない。
「アレックス、珍しいですね」
 キラの側にいるのにそんなに貴方が荒れているとは……とからかうように彼女は声をかけてきた。
「もう一度、プラントに行ってこい……と首長会の命令だそうです」
 どうやら、自分とカガリを引き離したいようだ……と説明しなくても彼女にはわかっているようだ。
「そうですか」
 微かに眉を寄せながら小さなため息を吐いてみせる。
「キラが残念がりますわね」
「だから、フォローを頼む。もっとも、キラ以上にカガリの方が心配だが……」
 表に出ている彼女の味方は少ない。側にいられる人間はなおさらだ。
「わかっています。わたくしもできる限りのことはします」
 だから、アレックスは無事に帰ってくることを優先するように。それはお願いではなく命令だろう。
「わかっている」
 リビングにカガリとバルトフェルド隊長がいるから話し合ってくれ、と言葉を返す。それに頷き返すと彼女はそっと歩き出した。
「さて……」
 自分にとってはこれからが正念場か。そんなことを考えながら、アレックスはドアに手を伸ばした。