オーブは直接の被害を受けなかったらしい。もちろん、無傷だったわけではない。津波の後があちらこちらに確認できた。
「……孤児院は大丈夫だったのかな」
 カガリは小さな声で問いかけてくる。
「わからない。だが、あそこのシェルターは、核の攻撃にも耐えられるから……」
 だから、みんな無事だろう。アレックスはそう言い返す。
「そうだな……」
 ミネルバの修理のことも指示をださなけれないヶない。そして、現在の被害状況も、だ。
 余裕があるのであれば、他国の状況も調査させなければいけないだろう。
「……救援の手を伸ばす余裕があるかどうか、だな」
 まずは自国のことを優先しなければいけない。
 感情的にはどうかは別にして、というのは悔しい……とカガリはその表情で告げている。
「しかたがない。お前はオーブを守るために代表になったのだろう?」
 そして、キラを……と言外に付け加えた。
「まず、しなければいけないことをしろ。それに……」
 背後から近づいてくる厄介な存在に気付いてアレックスはスクリーングラスの下で盛大に顔をしかめる。
「あれが来たぞ。そのままではつけいられる」
 気を引き締めろ、とそっと囁く。それだけで即座に気持ちを切り替えられるようになったのは、ここ二年ほどの修行のせいかだろうか。
「カガリィ! 無事でよかったよ」
 予想通りと言うべきか、わざとらしい仕草で、ユウナが駆け寄ってくる。
「アレックス」
 しかし、それを無視してカガリはアレックスへと呼びかけてきた。
「はい」
 代表に対する部下の態度を作って彼は言葉を返す。
「これから、軍の方に行く。政庁に行くのはその後だ」
 その前に、エリカ主任と話をしなければ……と付け加えて彼女は歩き出した。
「カガリィ! 無視することはないだろう?」
 そんな彼女の態度が不満だったのか。ユウナがカガリに向かって手を伸ばしてくる。それをアレックスはさりげなく押しのけた。
「アレックス・ディノ!」
「申し訳ありません。代表の予定が詰まっております」
 即座に不満を口にした彼に、アレックスは冷静な口調でそう言い返す。
「此度のことで代表が処理されなければならないことが山積みです。失礼ですが、ユウナ様も同じではありませんか?」
 言外に、自分の仕事をしたらどうだ……と付ければ、ユウナは憮然とした表情を作る。
「ボクはねぇ!」
「アレックス。行くぞ」
 ユウナの言葉を遮ってカガリは歩き出す。
「カガリィ!」
 それに、ユウナはさらに機嫌を損ねる。
「……お前は自分がしなければならないことがなんなのか、自分の頭で考えられないのか?」
 私の側に付いていることがお前の仕事ではないはずだ、とカガリはそんな彼に向かって言葉を投げつけた。
「でも、カガリィ……ボク達は婚約しているんだよぉ?」
 婚約者を心配してはいけないのか、と告げるユウナ言葉を耳にした瞬間、カガリは忌々しそうに顔をゆがめる。
「認めてないがな……それでも――いや、それだからこそ首長家の人間としての立場を優先すべきだろう」
 個人の感情に流されるような存在は自分の夫としてはふさわしいと思えない、と一刀両断にすると、後は完全に無視をすることに決めたようだ。
「代表とお話になられたいのでしたら、後でアポイントメントをお取りください」
 予定を調整させて頂きます、とアレックスは言い残すと彼女の後を追いかける。
「……コーディネイターのくせに……」
 ぼそり、とユウナが呟いたのが聞こえた。
「ユウナ……お前!」
「構いませんよ、代表。その言葉をモルゲンレーテの開発室でも口にできるかどうか、ご自分で考えてくだされば」
 そんな彼女に、アレックスは静かにこう言い返す。
 そうした場合、間違いなく彼はモルゲンレーテから総スカンを食らうだろう。いや、下手をしたら軍部にまで波及するかもしれない。
 それがわかっているのか。ユウナは忌々しそうな表情で唇を噛んでいる。
「……しかし、あちらの様子を確認しに行くのは、夜になりそうだな」
 ふっと思い出したというようにカガリがこう言ってきた。
「しかたがありませんよ。向こうもわかっているはずです」
 でも、とアレックスは言葉を重ねる。
「ベルネス主任であれば、きっとご存じですよ」
 どのみち、これから会わなければいけないのだ。アレックスはそうも告げる。
「そうだけどな……あっちも私たちのことを心配しているような気がする」
 特にあいつが、とカガリは付け加えた。
「そうだな……政庁に戻ってしまえば、私の身柄は安全だろう。その時にでも、確認しに行ってきてくれ」
 何なら、明日は休んでも構わないぞ……と彼女は意味ありげな笑いを漏らす。
「代表!」
「お前のためじゃない。あいつのためだ」
 心配していただろうからな。安心させてやってくれ……と彼女は続ける。
「今ひとつ不満は残るが……あいつの笑顔に勝るものはないからな」
 だから、泣かせたらただではすまさない。そう言いきる彼女に、アレックスは微苦笑だけを返した。