「あんたは、何、議長と……」
 キラの前に持ってきた食事を置きながら、シンはこう呟く。
「……どうして、あの人は僕を戦場に引きずり出そうとするんだろうね」
 シンの言葉をどう受け止めたのか。キラは小首をかしげつつこう口にした。
「僕は、もう誰の命も奪えない。そう、説明しているのに」
 そんな人間が、戦場で役に立つ訳がないのにね……とキラははかない微笑みを浮かべた。
「それで、自分の命が失われてもか?」
 戦わないということは、そう言うことではないのか。シンはそう思う。
「……前にも言っただろう? 僕はただの抜け殻……自分の生死には興味がないんだ」
 大切な人たちが望むから、死ぬという選択肢を除外しているだけだ、とキラは口にする。
「だから……君が僕を殺すことでもし、君の心が軽くなるのであれば……それはそれでかまわない、と前にも言ったよね」
 戦わないことで死ぬことになったとしても、それでかまわないのだ、とキラは淡々とした口調で続けた。
「あんたが……死ぬ?」
 自分の前から、キラの存在が失われる?
 確かに、自分はそれを望んでいたはずだ。
 いつか、かならずこの手でその命を止めてやる。そのための力を得ようとザフトに入ったことも否定しない。
「冗談じゃない!」
 だが、それを実行しようかと考えただけで怒りがわき上がってきた。
「それで、自分だけ楽になろうっていうわけ?」
 確かに、一瞬は気持ちが楽になるかもしれない。
 だが、それは結局、キラ自身が楽になるだけではないのかと思う。それに、キラが前に同じ事を口にしたとき自分が何を言ったか。それを彼が忘れたとは思わない。
「それなら、俺も前に言ったよな? あんたには、どんな状況でも生きていてもらう。そして、俺に償ってもらうって」
 彼が自分から奪ったぬくもり。それを、彼に返してもらおうじゃないか。
 こう考えたときだ。
 自分が彼に何を求めているのか、シンは気づいた。
「俺が、失った存在の代わりに、あんたには俺の心を満たしてもらう」
 彼の体を支配したい。だが、きっとそれだけではだめなのだろう。体だけではなく、心も全て、自分に向けさせたいのだ。
 そうなれば、きっと、心の中にぽっかりと空いた穴が埋まるのではないか、とシンは思う。
 でも、どちらも一緒に手に入れることはできないだろうということもわかっていた。ならば、まず体だけでも手に入れたい。シンはこう考える。
「その体で……俺に償ってよ」
 ゆっくりをキラの側まで近寄って、シンはこう囁く。
「俺が失ったぬくもりを……あんたが与えてくれ」
 今は、それだけでいいから……と言いながら、その頬をシンは両手で挟んだ。
「……君は……」
 そんなシンの仕草に、キラは困ったような表情を作る。
「それとも、あんたの言葉は嘘なのか?」
 自分に償うといった、そのセリフは……とシンはさらに言葉を重ねた。
「……僕なんて、そんな価値はないよ」
 それに対し、キラが返してきた言葉はこれだった。
「それを決めるのは、俺だ!」
 試してみなければわからないだろう? とシンは笑う。
「抗うなら、それでもいいよ。その方が……きっと楽しめる」
 そして、わざと冷たい口調を作ってこう告げた。キラの反応を確認しようと思ったのだ。
 ここで自分から逃げ出そうとすれば、キラは『嘘つき』だということになる。そんな人間であれば、自分も割り切ることができるのではないか。
 所詮はそういう人間なのだ、とさげすむこともできるかもしれない。
 いや、そうできるだろうと思っていた。
 しかし、キラの反応はシンが予想していたものとは違っていた。
「……好きにすればいい。それで、君の気が済むなら……」
 言葉とともに、キラは瞳を閉じる。
「でも、バカだよ……君は……」
 自分なんて……と彼の唇が言葉をつづった。だが、その言葉も、全てをあきらめているからこそなのかもしれない。
 こう気づいた瞬間、シンはそれ以上、彼の言葉を聞いていたくないと思ってしまう。そして、その思いのまま彼の唇を塞いだ。



と言うわけで、ようやくシンちゃんが次の段階に進んでくれました。