自分で自分の行動がわからない。
 シンは自室に戻るとベッドに体を投げ出した。
「……どうして、俺は……」
 あんなことをしてしまったのだろうか。
 衝動的に、キラにキスをしてしまうなんて……確かに、彼は男にしておくにはもったいないと思える容貌をしているが。
 だからといって、男にキスをするなんて、嫌がらせでもないだろうに、と思う。何よりも、自分が嫌ではなかったと言うことの方が驚きだった。
 しかも、そんな自分の行動ですら、キラの感情を揺らすことができなかったのではないだろうか。
 それがとても悔しい。
 同時に、キラにもう一度キスをしたいという欲求を抑えきれないのだ。いや、それ以上の行為をしたいのではないか。
「……みんなの、敵なのに……」
 自分を戒めようとこう呟く。
 だが、それでもキラの唇の柔らかさは忘れることはできない。
 それはどうしてなのか。
 その理由がシンにはわからない。
 いや、自覚したくないというべきなのだろうか。
 そうなれば、自分はきっと引き返せなくなるだろう。そして、彼を憎むことができなくなってしまうのではないか。それは、自分の今までの時間を否定することになるのではないか。
 本当は、その存在を見つけたらすぐにでも殺してやろうと思っていた。
「でも、殺してなんてやらない」
 彼にとって、それはある意味救いかもしれない。そう気が付いてしまったから、とシンは心の中で付け加える。
 それでは意味がない。
 彼には生きていてもらわなければいけないのだ。
 彼の存在が、自分の心の中に生まれた虚ろを埋めてくれるだろう。それが、自分に対する償いなのだ、とシンは思う。
 しかし、現実的に、自分は彼に何をさせたいのだろうか、と言えばわからないのだ。
「あんたには……俺の側にいてもらうよ」
 ただ、これだけは譲れない……と思いながら、シンは腰を上げる。
「……ともかく、そろそろ、飯を持っていかないと……」
 キラが空腹を訴えるだろう。そう思いつつも、彼のあの様子では、食事を取ることすら《義務》と考えているのではないだろうか。
 少なくとも、自分のように積極的に食事を取りたいと考えているようには思えない。
「ったく……」
 その原因が何であるのか、考えなくてもわかる。少なくともその一端に、自分の家族のことがあるのは間違いない事実だろう。
 それだからこそ、困るのだ。
 これが、カガリ・ユラ、アスハのように自分たちのことなどどうでもいいと考えている相手なら、もっと軽蔑できる。しかしキラは、つかみ所がなさすぎて困るのだ。自分で自分の感情がわからないのもそのせいだろう。
 だから、自分のせいではないのだ、と考えればシンは何故か安心できた。
 自分がおかしいわけではないのだ、と、自分にそう言い聞かせながら、シンはキラの食事を受け取るために食堂へと向かった。

「……もう一度よく、考えてくれないかね?」
 キラの部屋のドアを開けようとしたとき、中からデュランダルの声が響いてきた。
「何度、お誘い頂いても……僕の返事は変わりません」
 それに対するキラの口調は、いつもと同じものだと言っていい。議長にまでそうなのか、とシンは別の意味で感心してしまう。
 同時に、ここを訪れるのが自分だけではない、という事実に怒りを感じてしまった。
「私は、あきらめないよ。君がどうしても必要なのだからね」
 他の三人も含めて、とさらにデュランダルは言葉を重ねている。
「僕は……もう二度と、戦いに関わるつもりはありません……」
 だが、キラはあくまでもつれない態度を崩そうとはしない。というよりも、戦うことを拒んでいるのか。
 何よりも、シンに向けるものとは違うその態度の意味がわからない。
「元々、望んで戦争に関わったわけではありません。そして、自分がしたことを誇るつもりも全くありません」
 後悔をすることしか考えられないのだ……と告げるキラの言葉をもうこれ以上聞いていたくはない。
 だが、どうすればいいのだろうか。
 それに、このままでは持ってきた食事がさめてしまう。軍艦の食事は、ただでさえ味が今ひとつなのに、と考えたところで、シンはある決意を固めた。
「キラ、飯……」
 何も気が付かなかったふりをして、シンは室内に踏み込む。その瞬間、デュランダルがキラの髪に指を絡めているシーンを目の当たりにしてしまった。
「おや……もうそんな時間かね」
 動きを止めたシンをどう思っているのか。デュランダルはどこか楽しげな表情を作る。
 そのまま、見せつけるように彼はキラの髪にキスを落とした。
 挨拶と言ってもいいその仕草に、シンはまた怒りが吹き上がってくるのを感じる。それは、キラにではなくデュランダルに対してのものだ。
 キラは自分のものなのに!
 この考えが、シンの思考を支配する。
 次の瞬間、シンは自分がキラに対して抱いていた感情の一部に気づいてしまった。
「では、また後で話をしよう」
 言葉とともにデュランダルがキラから離れる。そして、シンの脇を抜けて通路へと移動していく。
「……がんばりたまえ」
 その時に囁かれた言葉の意味がなんなのか。
 それを考える余裕は、シンにはなかった。



ともかく、第一段階突破?
しかし、議長が腹黒い(笑)