答えを見つけられないまま、シンはキラがいる部屋の前まで来てしまった。
 いや、来なければいけない……と思ったと言うべきか。
 自分以外に、彼に食事を運ぶものがいるとは思えない。つまり、自分が見捨ててしまえば、キラは死んでしまうだろう。
 そんなことで、彼に死なれてはたまらない。
 どうせ彼の死を見なければいけないのであれば、そうするのは自分自身の手でなければいけないのではないか。
 そうでなければ、家族を殺された痛みを解消できないだろう。
 シンは心の中で自分に言い聞かせるようにこう呟く。
 そのまま、大きく息を吐き出すとドアのロックをはずした。
「……暗い……」
 明かりがついていない室内を確認した瞬間、シンは思わず眉を寄せてしまう。
 だが、コーディネイターの視力は、ベッドに座って身じろぎをしないキラの姿をしっかりと認識していた。
「何をしているんだよ、あんたは」
 あきれながらも、シンは手探りで壁にあるスイッチをつける。次の瞬間、室内の闇は影へと退散をした。
 その変化について行けなかったのだろうか。
 キラは瞬きを繰り返している。だが、彼のすみれ色の瞳はしっかりとシンへと向けられていた。
「君が来るとは……思わなかったよ」
 そして、小さな声でこう呟く。
 彼の言葉に、シンは何故かいらだちを感じてしまった。
「俺だって、来るつもりはなかったよ!」
 そのまま、音をさせながら、キラの前に持ってきたお盆を置く。
「俺以外の誰も、あんたに食事を運ぶことは許可されていないんだ! 俺が来なければ、あんたは餓死するだろうが!」
 そんなの認められるか! とシンはさらに怒鳴る。
「あんたには、そんな死に方をされちゃ困るんだよ」
 それでは、自分の気がすまないのだから……とシンはキラをにらむ。
「……では、どうすればいいと言うのかな?」
 君はその答えを知っているのか、とキラは告げる。
「僕は……僕が犯した罪がどれだけ重いものかを知っている。それが、大切な人々の命を守るためだったとはいえ、たくさんの人の命を奪ってきたことは事実だからね」
 そして、守ろうと思ったのに自分のせいで失ってしまった命もあるのだ、と彼は苦笑を浮かべる。
「だから、ここにいる僕はただの抜け殻。こんな僕でも必要だ……と言ってくれた人々のために、存在しているだけ」
 だが、自分の存在が彼らにとってマイナスになるのであれば、消えてもいいのだ、とキラは微笑む。
「もし、僕が死ぬことで君の心が軽くなるのであれば……それはそれでかまわないよ」
 自分がこの間に乗っていることを知っているのは、シンとデュランダルだけだ。このまま、自分が消えても二人が黙っている限りその人々には知られないだろう。
 そして、デュランダルはシンがどのような結論を出しても気にしないはずだ……とキラは付け加える。
「……あんたは……」
 そんなキラの気持ちが、シンには理解できなかった。
「生きたくても殺された人間がいるのに、どうしてそんなことを……」
「……僕の存在は……その誕生の時から間違っていたからだよ」
 シンの怒りをまっすぐに受け止めながらもキラは静かな口調でこう告げる。
「そんなこと!」
 このとき、初めてシンは理解をした。
 キラは冷静なのではない。
 彼は全てをあきらめているのだ。
 だから、何事も彼の心を揺らすことはないのではないか。シンはそう判断をする。
「じゃ、あんたは周囲の人間が『死ね!』と言えば、死ぬのかよ!」
 では、どうすれば彼の感情を目にすることができるのだろうか。
 シンはそう思う。
「それが、必要ならね」
 自分にとって大切な人々のために……とキラは言葉をつづる。
「最初は……悲しむかもしれない……でも、それが必要だったと知ったなら、みんな、納得してくれるだろうし」
 たぶん、忘れてくれるだろう――自分に対する怒りで――とキラは穏やかな口調で締めくくった。
「そんなこと、俺が許さない!」
 シンは無意識のうちにこう叫んでいた。
「シン君?」
 彼の言葉が信じられないのか。キラが目を丸くしている。
「あんたには、どんな状況でも生きていてもらうよ……そして、俺に償ってもらう」
 この激情がどの感情に起因しているのか。シン自身にもわからない。それでもかまわずに彼は言葉をはき出す。
「俺が、失った存在の代わりに……俺の心を満たしてもらう」
 そのまま、シンはキラの襟首を掴んだ。そして、自分の方へと引き寄せる。
 かみつくように重ねた唇は……想像以上に柔らかかった。



シンはあれこれ混乱をしていますが……それ以上に、キラは混乱をしています。
キラの周囲でこんな行動に出る人間と言えば……カガリだけでしょうからねぇ。