秘密の地図を描こう
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「……私は無力だ」
目の前で自国の兵士が死んでいくのを止められなかった、とカガリは呟く。
「彼らがオーブの軍人だから、だよ」
立派な、とキラがそれに言い返している。
「キラ?」
「軍人だからこそ、上の命令には従わなければいけない。そして……今、彼らに指示を出しているのはカガリじゃない」
セイランだ、とため息とともにはき出す。
「それでも……カガリの言葉が彼らに届いていないわけじゃないと思うよ?」
そのまま、彼はそう続けた。
「そうですわ、カガリ」
キラの言葉にラクスもうなずく。
「彼らもあなたの真意はわかっておられます。それでも、従えなかったのです。あなたのためにも」
「……私のため?」
ラクスの言葉の意味がわからない。そんな表情でカガリは見つめてくる。
「そうです。いくつか理由は推測できますわ」
一つは、軍人としての心構えをカガリに教えるため。
一つは、彼女を守るため。
一つは、カガリを利用させないため。
そして、最後にはオーブの選択肢を失わせないため。
ラクスは指を折りながらそう続けた。
「あの場で彼らがあなたに従えば、あなたが地球軍に撃墜されていた可能性はあります。もし、そのままあちらの捕虜になれば、カガリは地球軍の自由にても文句は言えませんわ」
その結果、オーブは大西洋連合に完全に支配されるだろう。
彼らはそれを避けたかったのではないか。
「もっとも、これはわたくしの勝手な推測ですが」
だが、外れてはいないだろう。そう心の中で呟く。
「そうだよ、カガリ」
キラもそう言って微笑む。
「だから、同じ状況になったとき、君がまた同じような行動をとると言ったなら、僕はつきあうよ」
何度でも、と彼は続けた。
「君の行動は間違っていない。僕はそう思うし」
キラのこの言葉に、カガリは泣きそうに顔をゆがめる。それに、彼は少し驚いたような表情を作った。
「カガリ?」
本当に彼は他人が望む言葉を無意識に口にしてくれる。だが、彼にはそれがわからないらしい。
「キラは本当に優しいですわね」
ラクスは微笑みを彼に向ける。
「違うよ。たぶん、僕は自分が傷つきたくないだけだと思う」
それに彼は言い返してきた。
「いいえ。キラは優しいですわ」
「そうだな。お前が傷つくのは、お前自身のことだけじゃないだろう?」
だから、優しいんだ、とカガリも言う。
「まぁ、それに私もつけ込んでいるような気はするが」
彼女はそう続けた。
「カガリのどこが?」
アスランならわかるけど、とキラは口にした。
「……お前も言うようになったな」
感心しているのかなんなのか。カガリがそう呟く。
「かわいげがなくなったような気がする。誰の悪影響だ?」
あれか? とカガリが視線を移動させる。その先には渋面のバルトフェルドと平然と話をしているラウの姿が確認できた。
「あの方ではないと思いますが?」
ラウは自分自身の影響をキラに与えないようにしているようにラクスには感じられる。
「となると、やはり議長殿か」
ため息とともにカガリが口にした。そちらは否定できないと思う。
そんなときだ。
「よかったわ。みんな、ここにいたのね」
マリューがそう言って顔を出す。
「ミリアリアさんから連絡が来たのよ。相談に乗ってくれる?」
ちょっと厄介そうなの、と付け加える彼女の表情にどこかおもしろがっているような色が見えるのは錯覚だろうか。そんなことを考えながら、皆でうなずいて見せた。