秘密の地図を描こう
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ユニウスセブンが地球上にもたらした被害は大きかった。それでも、予想よりは小さかったといえる。
それでも、皆無だったわけではない。実際、ラクス達がそれまで暮らしていたマルキオの屋敷は、影も形もない。ただ、シェルターのおかげで人的被害がなかったことだけは幸いなのだろうか。
「……お引っ越しをしないといけませんわね」
目の前の光景を見つめながら、ラクスはそう呟く。
「お引っ越し?」
「どこに?」
周囲に集まってきた子供達がそう問いかけてきた。
「本土に近い屋敷ですよ」
今、バルトフェルドたちがいる屋敷だ。そう続けたのはマルキオだ。
「おじちゃん達の?」
子供達が彼の言葉に嬉しそうな表情を作る。
「そうですよ。あそこは安全ですからね」
いろいろな意味で、と彼が付け加えた言葉の真意に気づいているのは自分だけだろう。
だが、それでいいのではないか。
子供達にはまだ、そんな政治的なことは考えてほしくはない。そう思うのは、自分のわがままなのだろうか。
だが、それを子供達に聞くわけにはいかない。
「あそこでしたら、お散歩もいろいろな場所に行けますよ」
代わりに、微笑みながらそう言う。
「お散歩!」
「一緒に行こう!」
子供達はこの一言で不安を完全に忘れてくれたらしい。
「お引っ越しが終わりましたらね」
さらに笑みを深めると言葉を重ねた。
もっとも、持って行くものはないに等しい。むしろ、向こうでそろえなければいけないものの方が多いのではないか。
「お手伝いを頼まなければいけませんね」
さて、どうしましょうか。マルキオがそう呟いたときだ。どこからか黒い影が姿を見せる。
「無事だったようだな」
言葉と共に歩み寄ってきたのはカナードだ。
「カナード様?」
「ジャンク屋ギルドの連中がうるさかったので様子を見に来た」
連中もすぐに駆けつけるだろう。彼はそう口にする。
「なら、お手伝いは大丈夫ですね」
満足そうにマルキオが微笑む。しかし、子供達は違う。彼が怖いのか。ラクスの周囲にすり寄ってくる。
「心配いりませんわ。カナード様は優しいお方です」
見かけが怖いのはお仕事上、仕方がありません。そう続ける。
「何よりもカナード様はお強いですから、怖い方々がいらしても追い払ってくださいますわ」
怖くないでしょう? と子供達の気持ちを和らげるようにささやく。
「そうですよ。この方はとても強いお方です。どんな怖い方がいらしても大丈夫ですよ」
マルキオも微笑みながらうなずいて見せた。
それでようやく子供達も納得したのか。少しだけラクスから体を離す。
「……大変だな、子供の相手は」
カナードが静かな声でこう言う。
「いえ。楽しいですわ」
子供達と一緒にいるのは、とラクスは言い返す。
「わたくしが知らなかったことをたくさん教えてくださいますもの」
自分にとってはそれは重要なことだ。彼女はそう続ける。
「……そうか」
そういうものかもしれないな、と彼はうなずく。
「ともかく、ここは危ないですから、みんなは少し広い場所に移動しましょう」
マルキオとカナードは子供達に聞かせたくない話をしたいのではないか。そう判断してラクスは子供達へと視線を戻す。
「はぁい」
言葉とともに彼女は歩き出した。
「あまり遠くに行かないでくださいね」
マルキオがそう声をかけてくる。
「わかっておりますわ」
そんな彼に、ラクスは言葉を返すと、子供達とともにその場を離れた。