目の前に広がっている光景は、自分とは無縁だと思っていた世界だと言っていい。 「……やっぱり、帰っちゃダメ?」 キラもそう思っているのか。不安そうな口調でレイに確認を求めている。 「大丈夫ですよ。ギルは無理ですけど、俺が側にいますから」 シンもいるから、何も心配はいらない……と口にしながら、レイがシンの方へと視線を向けてきた。ラウにそっくりのその青い瞳が『逃げ出さないよな?』と言外に問いかけてきていることにシンは気づいてしまう。 「そうだよ、キラ。それに……俺だって、こう言うところは初めてなんだし……」 一人よりは二人の方が心強いから……と頬を引きつらせながらも、キラが微笑む。もっとも、それは無理しているというのははっきりとわかってしまうものだった。 こんなことならば、早々にギルバートが戻ってくれることを期待しないとダメなのだろうか。そうも考える。 「ともかく、端っこの方で大人しくしていれば、いいんじゃないのかな?」 そうすれば、目立たないと思うし……とシンは付け加えた。 「そうだな。キラさん、そうしましょう」 レイもまた、そんなシンの言葉に頷いてくれる。 「……二人がそういうなら」 キラがほっとしたような口調で二人を見つめてきた。どうやら、キラにとって人目に付くと言うこと自体が苦痛だらしい。そういえば、カナードが彼女は人見知りが激しいと言っていた、と今更ながらシンは思い出した。 「じゃ、そうしようぜ」 言葉とともに、シンは周囲を見回す。いったい、どこが一番、人目に付きにくいだろうか。それを探そうとしたのだ。 シンの隣でレイもまた同じような行動を取ってみせる。 「……あそこかな」 そして、ある一角を指さす。 「あぁ、あそこなら、いいだろうな」 シンが指さした場所へ視線を向けたレイも頷いてみせた。 「なら、さっさと移動しようぜ。目立たないうちに」 こう言いながら、シンはそうっとキラの手を握りしめる。自分のぬくもりが彼女の支えになればいい、とそう思ったのだ。レイもまた、反対側の手を握りしめる。 その瞬間、キラの表情が少しだけ和らぐ。 これならば大丈夫かもしれない。だから、移動をしようか……と頷きあったときだ。 「三人とも、ここにいたね」 ギルバートがにこやかな表情とともに歩み寄ってくる。 「……ギルさん」 彼一人であれば何の問題もなかったのだ。しかし、その隣に自分たちと同じくらいの年齢の少女がいる。その事実に、またキラの表情が硬くなってしまった。 「この方を紹介したくてね」 言外に、それが終わったら帰ってもかまわないのだ……と告げているような気がするのは、シンの錯覚だろうか。 「このアプリリウス市の市長になられたシーゲル・クライン様のご令嬢で、ラクス様だよ」 キラと同じ年齢だよ、と彼は優しい表情で付け加える。 「ラクスですわ、キラ様。先ほど、デュランダル様からお話をお聞きして、是非とも紹介して頂きたいとわがままを言いましたの」 その隣で、ラクスはふわりと優しい微笑みを浮かべた。その微笑みには、親愛以外の感情は浮かんでいない。この場にいる他の者達は、明らかに憐れみとわかる視線や侮蔑に近いものを投げつけてきているのに、だ。 それがキラの精神を逆撫でしていたというのは言うまでもない事実である。 だが、彼女からはそれが全くない。もっとも、シンがそう感じているからかもしれないが。 「キラ・ヤマトです」 だが、キラもまた同じ考えだったらしい。 それでも、まだ声が震えているのは、先ほどまでの衝撃が抜けていないからだろうか。 「レイ・ザ・バレルです」 そんなことを考えていれば、レイがさりげなく自分の名を口にしている。 「シン・アスカです」 ならば、自分もしなければいけないか……と思って、シンもまた自分の名を告げた。 「みなさま、仲がよろしくてうらやましいですわ」 ふわりと微笑むと、ラクスはゆっくりと歩み寄ってくる。 「でも、キラ様のお顔の色が優れませんわ? お疲れになりましたの」 そのままそうっとキラの頬に手をそうっと当ててきた。キラは本当はその手を避けようとしたのだが、シンとレイに左右の手を握られたままでは無理だった。 「よろしければ、お庭に行きません? とっておきの秘密の場所がありますの」 そこならば、ギルバートの用事が終わるまでゆっくりと待っていられるだろう、と彼女は続ける。 「……でも……」 「かまいませんわ。それに、私の役目は終わりましたの」 だから、キラ達と話をさせて欲しいのだ、とラクスはさらに笑みを深めた。 「私、同じ年の女性のお友達がいないのですわ。ですから、よければ、キラ様にお友達になって頂きたいのです」 もちろん、最初からは無理だろうが……と口にするラクスは、キラがまだ、自分に恐怖に近い感情を抱いているのだと気付いているのかもしれない。 キラはキラで、彼女の言葉に『どうすればいいのか』と問いかけるかのようにギルバートへと視線を向けた。 「行っておいで、キラ。君にとって、女性のお友達は必要だよ」 ラクスであれば心配いらないから、と彼は続ける。 「……お話だけ、でいいのでしたら……」 それと、二人も一緒なら……とキラはおずおずと口にした。 「もちろんですわ、キラ様」 即答と言ってかまわないほどの勢いでラクスが言葉を返してくる。 「では、参りましょう。あぁ、料理も運ばせますわ」 お腹がお空きでしょうから……さりげない気遣いを見せてくれる彼女は、他の大人とはやっぱり違うのだ。そして、それがキラにとっていい影響を与えてくれるような気もする、とシンは心の中で呟く。 もちろん、キラが自分たちだけのものではなくなるのはあまり嬉しくはない。 でも、キラは女の子だから、自分たちには言えないこともたくさんあるだろう。そういう話を聞いてくれる存在は必要だよな……とシンは自分を無理矢理納得させた。 |