ラクスがキラと親しくなるのにそれほど時間はかからなかった。
 それでも、まだ二人きりで向き合うのは恐いのか。彼女と会うときには必ずシンとレイの二人も付いていく。それに関して、自分たちは当然だと考えていた。
「……ごめんね」
 しかし、キラはそうではなかったらしい。本当に申し訳なさそうにこう言ってくる。
「キラ?」
「だって、僕に付き合っていると、レイもシンも自分の友達と遊べないでしょ?」
 シンはともかく、レイには学校での友達もいるではないか……とキラは言外に付け加えた。
「別に、かまいません。彼等には学校で話ができますし、俺にしてみれば、キラさんの方が大切ですから」
 即座にレイがこう言い返す。そういうところは流石だよな……とシンは思う。だからといって、負けるわけにはいかない。
「俺だって……キラが一番大好きだし、キラと一緒にいる方が楽しいから、いいよ」
 だから、気にするな……ととっておきの微笑みをキラに向けた。
「あらあら」
 まるでタイミングを見計らったかのように華やかだが決して耳障りではない声がシンの後頭部に投げつけられる。
「それでは、私はおまけですのね」
 どこかからかうような声音を滲ませながら彼女はさらに言葉を重ねてきた。
「残念ですわ。私は、シン様も好きですのに」
 こう告げる言葉に何の含みも含まれていないというのは流石なのだろうか。別の意味で感心したくなる。
「おまけって言うか……だって、ラクスさんはキラの友達で……俺たちの方がおまけだろう?」
 自分としては、いつでもキラと一緒にいられるのは嬉しいから、三人セットで招待して貰うことに文句はないし……とシンは言い返す。
「問題があるとしたら、学校の連中にラクス様と親しいからという理由でイヤミを言われているぐらいですよ」
 ラクスは人気者だから、そのくらいは被害とは言わないのだろうが……とレイはレイで笑ってみせる。
「そういえば、ラクスさんって歌姫だったんだね。僕、知らなかったから……」
「気になさらないでください、キラ様。それは、たまたま私にそちら方面での才能があったからだけのことですわ」
 そして、政治の世界とのつながりが強かったからだ……とラクスは微笑む。
「……ラクスさん?」
「ですから、私は私を見てくれるお友達が欲しいんですの」
 それに、とラクスはさらに笑みを深めると唇を開いた。
「おそらく、キラ様も学校に行けば同じような立場になりますわよ」
 ギルバートとラウの二人を保護者にしている上に、キラは女性だから……とラクスは何の他意もなく付け加えたのだろう。しかし、キラにはそうではなかった。
 一瞬だが、その体を強ばらせる。
「……キラ」
 そんな彼女の手をシンはそっと握りしめてやった。それだけでもキラの心が落ちつきを取り戻すことを既に知っていたのだ。
「同じ学校に行ければよろしいですわね。そうすれば、いつでも私が側にいられますもの」
 キラの様子に気付いていないはずはない。それでも、ラクスはにこやかな口調で言葉を重ねる。
「ラクス、さん?」
 その理由が知りたい、というかのようにキラは彼女を見つめた。
「私の大切なお友達を、みなに見せびらかしたいのですわ。そうすれば、誰であろうと、何も言わなくなります」
 そのくらいの権力は自分にはあるし、公私混同と言われようともキラのためにそれを使うことは当然のことだ、とラクスは毅然とした口調で言い切る。
「ラクスさん……」
「もちろん、今すぐにとは申しませんわ。いずれ……キラ様が一人で私の所に遊びに来てくださるようになってから、の事でかまいません。その程度の時間、待つのは当然のことですもの」
 ですから、といいきるラクスを――決して彼女には似合わないほめ言葉ではないとわかっていても――シンは恰好いいと思ってしまった。

「レイ様」
 キラ達と離れ一人になった瞬間、ラクスが声をかけてくる。
「何のご用でしょうか、ラクス様」
 彼女が何の理由もなく客を放り出してそのようなことをする人間ではない。それを知っているからこそ、レイはこう聞き返した。
「キラ様を傷つけた人間は、どこの誰ですの?」
 私が知っている人間ですわね……とラクスはさらに言葉を重ねてくる。それは疑問ではなく確信と言っていいのではないだろうか。
 それだからこそ、ギルバートはキラを彼女と引き合わせのではないか、とレイは判断をする。でなければ、いくら上司の命令であろうと、彼は突っぱねたに決まっている。その程度の信頼をレイは自分の保護者に抱いていた。
 それと同じとまでは言わなくても、それなりの信頼をラクスに抱いてもいいのだろうか。
 目の前の相手を見つめながら、レイは自分の考えをまとめようとする。
「……それは、私たちと同じコーディネイターですわね?」
 そんな彼に、さらにラクスが確認の言葉を投げつけてきた。
「何故、そう思われます?」
 慎重に言葉を選びながら、レイは逆に聞き返す。
「私、キラ様の口から、レイ様達をはじめとした方々以外の同胞の話を聞いたことがありませんの。ご両親やナチュラルのお友達の話はたくさん聞きましたけど」
 だから、ナチュラルだけの学校に行っていたのかとさりげなく問いかけたが、コーディネイターもいた、とキラは答えてくれた。しかし、その彼等の話をそれ以上しようとはしてくれない。それはきっと、キラの中で何か辛い思い出と結びついているからだろう。そう推測したのだ、とラクスは真っ直ぐにレイの瞳をのぞき込んできた。
「……そうです」
 ここまで言われてしまえば、ごまかすのは不可能だろう。そう判断をしてレイは素直に頷いてみせる。
「キラさんは、ああ見えても優秀ですから。特に、プログラミング関係に置いては、既に大人からも一目を置かれています。それが気に入らないものがいたのですよ」
 キラが第一世代だ、と言うこともそれに拍車をかけたのだろう。
 だが、それだけならばまだよかったのだ。
「……ここから先は、キラさんも知らない事実です。カナード兄さんがこっそり調べ上げて、キラさんを傷つけたくないという理由で本人には告げなかったことです」
 だから、ラクスも決してキラには告げてくれるな……と言外に付け加える。
「ずいぶんとまた、性根の悪い方ですわね」
 キラの耳が汚れますわ……と言う彼女に、レイは小さく頷く。
「その連中を煽った奴が、キラさんの《親友》だった男です。もっとも、あいつはキラさんが《女性》だとは知りません」
 というよりも、キラが女性らしい姿をするようになったのはプラントに来てからのことなのだ、とレイは付け加える。
「それは、間違いなく幸いだったはずです」
 でなければ、きっともっと厄介なことになっていただろう。そういうカナードの意見は正しい、とレイも考えていた。
「その方のお名前、聞いてもかまいませんか?」
 キラの側に近づけないようにするから……とラクスはきっぱりと言い切る。
「……アスラン・ザラ、です。パトリック・ザラの息子の」
 それに、レイはため息とともにこう告げた。