目を覚ませば、何故かベッドには自分以外の二つの存在が当然のように潜り込んでいた。
「……まぁ、いいんだが……」
 理由はわかっているから、とレイは小さなため息とともに体を起こす。
「でも、できれば抱きついて欲しかったんだけどな」
 キラには、と呟きながら視線を向ける。そうすれば、申し訳なさそうに隅っこでキラとシンが眠っているのが見えた。しかも、シンがしっかりとキラに抱きついている。そして、それをキラが律儀にも抱きしめ返しているのだ。
 そういう状況なら、自分のベッドではなく二人のうちどちらかのそれでもいいような気がする。
 しかし、それではダメらしい。
 自分たち以外の誰かが側にいなければ安心できない……と言う二人の心境は、あの日のことが心の中で大きな傷になっているからだろう。ギルバートがそういっていた。
「……そうか。カナードさんも、いなかったな」
 彼がいれば、無条件で彼のベッドに潜り込んでいるらしい。しかし、彼はおとといからラウの頼みで出かけている。
 そして、ギルバートはギルバートで評議会の方に詰めていた。
「ギルが一緒に帰ってきてくれれば、マシだったのか?」
 二人がこうなるのは間違いなく、評議会であの日のことを聞かれて返ってくる日のことなのだ。それでも、ギルバートが一緒に帰ってきてくれれば、帰路の間に適当に言いくるめて忘れさせているらしい。しかし、二人だけで帰ってくればそういうわけにはいかないのだ。
 それでも、起きている間は周囲に心配をかけないようにと我慢しているらしい。
「頼られてくれるのは嬉しいし、俺の側なら安全だと思ってくれているのは自慢していいんだろうけど……」
 でも、起きた瞬間にこの光景を見せつけられるとあまり嬉しくないな……とレイは心の中で付け加える。まるで、自分だけが仲間はずれにされているような気がしてしまうのだ。もちろん、そんなことはないとわかっていても、だ。
「評議会も、いい加減、諦めればいいのに」
 何度問いかけられても、二人はあの日見た光景以上のことを口にすることはできないだろう。それ以前に、カナードが持っている映像には、彼等が望むような光景は映し出されていないのだ。
 それに……とレイは唇を噛む。
 そんなものがあったとしても、現状のオーブではその映像自体を『作り物だ』と断言してしまうのではないか。
「ウズミ様やサハクの双子が確実に生きているという確証があれば、話は別なんだろうけどな」
 キラ達が襲われたあの日以来、ウズミ達の姿も公の場に出ることはなくなった。それだからこそ、余計に評議会は焦っているのだろうか。
 そんなことを考えていたときだ。
「……レイ、起きてたんだ……」
 まだ眠気が色濃く残っている声が耳に届く。
「ついさっきな。そういうお前は、まだ眠そうだな、シン」
 キラにいたっては、まだ夢の中のようだが……とレイは言い返す。
「ちょっと、夢見が悪かった上に……夕べごたごたがあったから」
 だから、二人してレイの部屋に避難をしてきたんだ……とシンがため息をついた。
「……ごたごた?」
 いったい何があったのか。それ以前に、どうしてそれに自分が気付かなかったのだろうか、とレイは思う。
「たいしたことじゃないけどな。何故か、キラの部屋に知らない奴が入り込もうとしたんだよ」
 たまたま、キラはシンの部屋で眠っていたし、使用人が見つけてくれたから被害は出なかったけれど……とシンは付け加える。
「でも、念のためって、こっちに移ってきたんだよな」
 自分一人じゃないから、何とかなるんじゃないかと思ったんだよな……と言う彼の言葉に、そうしてくれて本当によかった……と考える。
「……しかし、家の中に見知らぬ人間に侵入されるなんて……」
 ひょっとしたら、シンが知らないだけかもしれない。それでも、キラの部屋に忍び込もうとした時点でアウトだろう。レイはそう思う。
「ラウとギルに相談か?」
 それと、もう少しカナードに家にいてもらえるように頼んでおこうかとも考える。
「そうしてくれるとありがたいな」
 自分よりもレイから言ってもらった方がいいような気がする、とシンは笑う。そのまま、キラを起こさないように彼は慎重に体を起こした。
「お前からでもちゃんと話を聞いてくれると思うぞ」
 遠慮をする必要は全くないのに。言外にレイはそう付け加える。
「……でも、俺、キラのおまけだし……」
 ぼそっとシンはこう呟く。
「シン」
 彼がそう思っていたとしてもしかたがないのかもしれない。でも、とレイは思う。
「お前がそう考えているってキラさんが知ったら、絶対に悲しむぞ」
「……わかってる。だから、キラの前では、絶対に言わない」
 こう言いながら、シンはキラを見下ろした。
 よっぽど疲れているのか。キラはまだ目を覚ます様子がない。それはそれで、ちょっと異常なのでは、とまで思うほどだ。
「ともかく、キラが起きるまでは側にいた方がいいよな?」
 シンがこう呟く。
「そうだな。そういうことがあったのなら、キラさんが起きる前で側にいた方がいいか」
 でなければ、間違いなく不安を感じてしまうだろう。キラの心の傷にとって、それはあまり良くないと考えているのだ。
「……でも、今日はあんまりゆっくりしていられないんじゃなかったか?」
 ふっと思い出したようにシンが問いかけてきた。
「大丈夫だ。まだ時間は十分にある」
 もう少し様子を見て、それでも起きないようであれば起こせばいいだろう。
「なら、いいか」
 問題は自分の腹の虫だけだけど……と笑うシンに、レイもつられて笑みをこぼす。
「確かにな。俺も自信はない」
 そして、こう言葉を返した。
「……キラは、もう少し食べてもいいと思うんだけど……」
 自分たちよりも年上なのに自分たちよりも小さいのは、きっと、あまり食べないからだ。それも、キラの心にできた傷のせいなのか……とレイは考える。
 それを、どうすればいやしてやれるのか。
 そんなことを考えながら、キラへと視線を落とす。
「キラさん。可愛いよな、やっぱり」
「笑っているときが、一番素敵だよな」
「それは当然だろ」
 いくら小声とはいえ、こんな会話を続けていればキラが目を覚ますのはわかりきっていた。
「……も、あさ?」
 この言葉に、二人は慌ててお互いに責任をなすり付けあう。しかし、キラにはどうして彼等がそんな行動を取っているのか、本当にわからなかったらしい。その事実に、少しだけほっとしている自分がいることに、レイもシンも気づいていた。