詳しい打ち合わせを終えて食堂に行ってみれば、キラとシンが嬉しそうにおやつを食べていた。
「お兄ちゃん!」
 だが、すぐに二人の存在に気が付いたのだろう。キラが視線を向けると手を振ってみせる。
「お行儀悪いよ、キラ」
 くすくすと笑いながら、ラウがそう呼びかけた。
「……だって……」
 そうすれば、キラが肩をすくめてみせる。それは、カリダに注意されたときに彼女が見せていた仕草と同じものだ。
「わかっている。俺たちが側にいなくて不安だったんだな?」
 でも、シンが側にいてくれたから、寂しくはなかっただろう? とカナードが声をかける。そうすれば、キラは小さく頷いてくれた。
「まだ、人見知りを?」
 ラウがこう問いかけてくる。その言葉の裏に、人見知りは治ったのではないか、という意味もこめられていた。
「オーブに戻ってくる前に、あれこれあったんですよ。だから、シンを拾ったときには逆に驚いたくらいです」
 何のためらいもなく声をかけて、しかも抱きしめるなんて……あんな状況でも一瞬信じられなかった……とカナードは付け加えた。
「そう、なのか?」
 その瞬間、シンがこう呟く。そのまま、彼はキラに視線を向けた。
 まぁ、あんな光景を見せつけられていれば、当事者である彼がそう思ったとしてもしかたがないよな……とカナードは思う。
「……お兄ちゃん達は大丈夫。シンも、心配いらないって思ったし……それよりも、一人にしないほうがいいって感じたの」
 だから……とキラは小さな声で口にした。
「と言うことで、お前をキラから放さない方が良さそうだ……と言う結論になったわけだ」
 ぽん、と彼の頭に手を置きながら、カナードは笑う。
「……お兄ちゃん?」
 何の話なのか、とキラが問いかけるように視線を向けてきた。自分もそうだが、彼女も言葉よりも視線の方が雄弁だ、と思う。逆にラウやレイは口から先に生まれてきたのではないか、とそう考えられるくらい弁が立つのだが。
 さて、シンはどちらのタイプに近いのかな、と心の中で呟く。
「おじさまもおばさまももういらっしゃらないし……カナードも、お前達の保護者になるには若すぎる。私も、ここにいつまでもいられるわけではないからな……」
 ゆっくりとキラの隣に腰を下ろしながらラウが言葉を口にし始めた。ついでとばかりに、キラに自分の膝においで……と誘っているのは流石だと言うべきなのだろうか。
 しかし、それを見てシンが面白くなさそうな表情をしていることは事実である。
 教育次第では、レイとともにキラを守ってくれる存在になりそうだな……とカナードは心の中で呟いた。
 そうであれば、自分もラウのようにキラのために、彼女の側を離れてあれこれ動くことができるかもしれない。
「だから、キラもシンと一緒にプラントに行って貰うことになる。許可は取ったからね」
 ラウのこの言葉を耳にした瞬間、キラの体が強ばった。
「大丈夫だよ、キラ。あちらでは、誰にもキラのことをバカにはさせない」
 レイも側にいるから……とラウがそんな彼女の背中をそっと撫でる。そのやさしい仕草に、キラは少しだけ体から力を抜いた。
「……何か、あったのか?」
 服の裾を引っ張られた。カナードがそう感じた一瞬後、シンがそっとこう問いかけてくる。これを潜めているのは、きっと、キラに聞かれたくないからだろう。
 そういう判断はきちんとできるんだな……とカナードは少しだけ視線を和らげる。
「俺とキラは、第一世代なんだよ」
 オノゴロに戻ってくる前は、月にいたのだ。そこで、キラは幼年学校に通っていたのだが、なまじ優秀すぎたせいで遊んでばかりいた第二世代の連中に絡まれたのだ。
 いや、それだけならば、まだ慰めようがあった。
 問題だったのは、それを利用してキラを他人から切り離そうとしたバカがいたことだろう。しかも、キラ本人には、それが彼の善意だと思わせるようにし向けて、だ。
 それは、子供の独占欲だったのかもしれない。
 しかし、だからといって、キラを傷つけていい理由にはならないはずだ。
「……それって、珍しいのか?」
 確かに、自分は第二世代だけど……とシンは首をかしげながら問いかけてくる。
「俺たちの年では、な。オーブなら、他にもまだいたかもしれないが……プラントでは皆無と言っていいかもしれない」
 だからこそ、余計にキラは目立ってしまったのだが……とカナードはため息をつく。
「でも、現状ではプラント以外に、俺たちが行ける場所がないからな」
 だからこそ、ラウも決断をしたのだろう。でなければ、何とかオーブに残そうとしたのではないか。
「……そうなんだ……」
 カナードの言葉をどう受け止めたのか。シンがこう呟く。
「まぁ、お前達がいてくれるからな。それだけでも安心なんだが……」
 問題があるとすれば、シンがキラよりも年下だという事実が判明したことかもしれない。学年が違う以上、校内でのフォローは望めないわけではないだろうが、手薄になってしまうだろう。
 困ったことに、レイもやはりキラとは学年が違うのだ。
 そうなれば、誰か信頼できそうな相手をギルバートに探してもらうしかないだろう。それも、できればあれに対抗できる存在を、だ。
「……俺、本当に、いいの?」
 迷惑じゃないのか? とシンはさらに問いかけてきた。
「かまわない。あちらもそう言っている。それに向こうにもお前と同じ年齢の男の子がいるからな」
「レイ、って言う奴?」
「そうだ。ラウ兄さんよりもキラに対する思い入れが強いぞ」
 キラの隣にいたいのであれば、あいつを納得させないと難しいかもしれないぞ……とそうも付け加える。
「……そうなんだ」
 シンが何かを考えるような表情をしながらこう呟く。
「だから、悩むな。お前はキラの隣にいられるように努力をしてくれればいい。残念だが、俺たちでは少し年齢がはなれているからな」
 だからこそ、キラ達のフォローができるのだが、それだけではいけないのだから……とカナードはさらに言葉を重ねた。
「……本当に、シン君も一緒?」
 そんな彼等の耳に、キラのこんな問いかけが届く。
「私がキラに嘘を言ったことがあったかな?」
 ラウがことさら優しい声でこう問いかけている。それに、キラはすぐに首を横に振ってみせた。
「だから、何も心配しなくていい。キラもシンもカナードも、ギルバートの家でレイ達と一緒に暮らすのだよ」
 そして、普通に学校に行きなさい……と彼は微笑む。
「でも」
「何も心配はいらない。それに関しては、ギルバートが何とかする、と言っていたからね」
 キラは彼を信じていればいい。そういわれても不安は完全に消えないのだろう。だからといって、ラウの言葉も否定できないのか。キラは小さく頷いてみせるだけだった。

 そして、彼等はプラントへと向かった。