こんな風に、キラ達の周囲は取りあえず普通の日常が続いていた。
 それでも、周囲の空気がだんだん平穏さを失ってきていることに誰もが気付き始めている。
 だからといって、何ができるわけでもない。それを知っているから、表面上は今まで通りに振る舞っているように見えるものもいる。
 そんなの生活の裏側で何が進んでいるのか、キラもシンも知らない。知ろうと思えば調べられないことはなかった。それでも、カナード達が自分たちには知らないままでいて欲しいと考えているようだから、あえて調べることはしない。
 それに、取りあえず熱中できることもあるし。
「……後少しだな」
 キラの組み立てたプログラムを見ながらシンが呟く。
「取りあえずは、だけどね。実際に走らせてみないとわからないこともあるもん」
 どこにバグが潜んでいるかわからないから……とキラは言い返してくる。
「まぁ、そうなんだけどさ」
 苦笑とともにシンは自分の手元に視線を戻す。
「それでも、最後まで構築してしまえば、後は楽だろう?」
 バグの修正ぐらいなら自分もできるから……とシンは笑いながら付け加える。
「ずっとキラと一緒にいたからさ。プログラムの癖も、飲み込んだし」
 キラが作ってきたプログラムの修正ならできるようになった……とも口にした。それが、最近、自慢なのだ、とも。
「そうだね。今まで、カナード兄さん以外、わからないって言っていたのに」
 シンが手伝ってくれるようになったから楽になった……とキラも言い返す。
「だろう? だから、後少しなんだって」
 そこまではキラ一人に頑張ってもらうしかないけど、そこから後は二人でできるから……と言えば、キラは納得したようだ。
「わかった。頑張る」
 そうしたら、バグつぶしを手伝ってね、とキラは声をかけてくる。
「もちろん」
 即座に言い返す。それに、二人は思わず笑い声を漏らした。

 そうして、本当に完成まであと一息……となったときだ。
 それが起こったのは。
「そう言えば……そろそろ、レイも実戦に出るんだよね」
 大丈夫かな、とキラは先ほど届いたレイの卒業式の写真を見つめながら呟く。
「心配いらないって。ラウさんが公私混同したようだし」
 自分の隊に彼を引っ張ったらしい。ついでに、アスラン・ザラも一緒のようだけど……とシンが言い返してくる。
「アスラン? ラクスの婚約者の?」
「そう。ザラ委員長の息子。だから、かもしれないけどな」
 レイのことを飲む代わりに押しつけられたのかもしれないな、とシンは辛辣な口調で口にした。どうやら、彼は《アスラン・ザラ》のことを嫌いらしい。いや、シンだけではなくレイもカナード達もだ。自分が知らないところで彼が何かをやらかしたのがその原因らしいが、未だに理由を教えて貰っていないのだ。
「……そうなんだ」
 心配と言えば、カガリもそうだけど、彼女には今、カナードが側に付いている。だから心配はいらないだろう。それに、あの人も、だ。
「カナード兄さんも、カガリも、ムウさんも、元気だといいんだけど」
 つい先日、内密にオーブに戻ったようだけど……とキラは小さなため息とともに口にする。
「そっちも大丈夫だって。カナードさんはもちろん、ムウさんって言う人も強かったじゃん」
 悔しいけど、勝てなかったんだよな……とシンが呟く。その口調は本気で悔しそうだ。そう思ったときである。
「何?」
 今まで、ラクスのプロモーションを流していたモニターが不意に別の光景を映し出す。
「……地球軍の艦隊? それに、ザフトの防衛隊か……」
 とっさに、シンはモニターの中の光景から状況を読み取ったらしい。彼はこう呟く。
「でも、なんで……」
 まるでその呟きの答えを告げるかのように、地球軍の艦船から光の点が次々とはき出される。だが、それが彼等の戦闘用MAだとすぐにわかった。しかも、その中央部分に大きなミサイルのようなものを抱えている。
「……まさか……」
 自分が見つけたデーターの内容を思い出して、キラはこう呟く。
「キラ……部屋に行こう」
 しかし、その後のことをキラが確認する前にシンがこう言ってきた。
「シン」
「見たくない光景が始まるかもしれないだろう?」
 相手が誰であろうと、もう、人が死ぬ場面をみたくはない……と彼は付け加える。あの日のこと思い出してしまうから、とも。
「そう、だね……」
 自分もそれは同じだ。
 でも、あの場にラウ達がいるかもしれないと思えば、見ていなければいけないのではないか。そんな気持ちにもなってしまう。
「大丈夫だよ。ラウさんは凄く優秀な指揮官だから。絶対に、彼もレイも生きて帰ってくる」
 それよりも、キラが具合を悪くする方が大変だから……とシンは囁いてくる。そっちの方が、みんなに心配をかけてしまうだろう、とも。
「……うん」
 確かにそうかもしれない。
「部屋に行って、一眠りすれば、全部終わってるよな」
 そういいながら、シンはキラを促す。キラもまた、それに素直に従った。

 そして、その言葉は真実だった。

 そっと方を揺り動かされる。その感触でシンは目を覚ました。
「……ギルさん?」
 久々に顔を合わせる彼は、少しやつれているように思える。それでも、その口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「終わったんですか?」
 だから、こう問いかける。
「取りあえず、はね。これから後始末はあるが……あの映像のおかげで地球軍もセイランも反論ができないだろう」
 地球に行ったカガリ達が、あちらでも電波をジャックして同じ光景を流したのだそうだ。これだけ大勢の目撃者がいては逃げ道がないと言うことだろう。
「キラと君のことが心配だったのだが……大丈夫なようだね」
「見ないで寝ましたから」
「いい判断だ」
 そういって、彼はほめてくれる。その言葉に、シンは笑みを浮かべた。
「キラを起こして、食事にしよう。久々に、君達とご飯を食べたいからね」
 そうしたら、また仕事だよ……と彼は微苦笑とともに付け加える。そんな彼に頷き返すとシンはキラをそっと起こした。