それから、しばらく騒ぎは続いた。
 だが、今は取りあえず世界は落ち着いている。
「このまま、ずっと平和が続けばいいよね」
 言葉とともにキラがシンに視線を向けた。
「そうだな」
 シンもまた同じように彼女に視線を向ける。そして優しく微笑んでみせた。
「こんな風に、自由にオーブとプラントの間を行き来できればいいよな」
 あの日、まだ悲鳴がこだましているようなオノゴロを後にしてから、どれだけの時間が過ぎ去ったのか。そうも考えてしまう。
 もっとも、どれだけ時間が流れていっても、きっと、心の痛みはずっと忘れることはないのだろう。和らぐことはあっても、だ。
「……お花、咲いているかな?」
 キラがこう呟く。
「大丈夫だって」
 きっと咲いているさ、とシンは口にした。
「オーブは、気候はいいからな。だから、花だって元気だよ」
 それに、あそこにはみんながいるから、きっと守ってくれている……とそうも付け加える。
 それがなくても、一足先に行っているカナードが何とかしているはずだ。カガリも、その程度は手を貸してくれるだろうし。健康を取り戻したウズミもだ。
「だといいね」
 そんなシンの気持ちにどこまで気付いているのか。キラは微笑みとともにこう告げる。そんな彼女に、シンも柔らかな微笑みを返した。

「……いい加減、諦めればいいものを」
 どんなことをしたとしても、キラの記憶が戻ることはない。そして、戻させるようなことを自分たちがするはずはないのに。
 もっとも、彼が思い直して《今のキラ》と新たな関係を築こうとしているのであれば、多少、考慮することはやぶさかではない。しかし、彼の普段の言動から判断して、それはないだろう。
 だから、絶対に近づけない。
 年齢はともかく、自分と彼は同期だし、アカデミーでの成績も実戦での成果も、ほぼ互角だ。だから、立場上、対等だと言っていい。
 だからこそ、いざというときには邪魔をしてやれるのだが。
「キラさんにお前はもう必要ないんだって、いい加減、自覚しろ」
 もっとも、それができないからこうしてストーカーのような行動をしているのだろう。  本当、この艦で送迎するのが一番安全だ、という結論にならなければ、あの男に近づけたくなかったのに。ともかく、キラが気付く前にこの場から引き離した方がいいだろう。その間であれば、シン一人でも、十分キラを守れるはずだ。
 そんなことを考えて、レイが行動を起こそうとしたときである。
「アスラン・ザラ」
 音量は小さいがよく通る声がレイの耳にも届く。もっとも、自分の距離でこれならば、ドアは開いているものの、展望室の奥にいる二人には何を言っているのかまでは聞き取れないだろう。
「何のご用でしょうか、ラクス・クライン」
 思い切り顔をしかめながらアスランが言葉を返している。
「女々しいですわね、アスラン。それほど、ご自分がキラに忘れられたという事実を認めたくありませんか? アカデミーでの経験も、戦場で体験されたことも、貴方の性根をたたき直してはくださらなかったようですわね」
 あの、みなが魅了されてやまない、と言われている微笑みを口元に浮かべながら、彼女は辛辣なセリフを口にしていた。
「あきれますわね。そんな方が、若手のホープ? その女々しさをみなさまに見せて差し上げたいですわ」
 もっとも、それはいろいろな意味で不可能だろうから……という言葉とともにさりげなく彼女は手を伸ばす。そのままアスランの耳を掴んだ。
「と言うことで、じっくりとお話をしましょう? 私としては、婚約者がそのような男性であると言うことが許せませんから」
 そして、そのまま彼を引きずっていく。
 いくらここが低重力空間だとは言っても、普通は女性が男性を引きずっていくのは難しのではないだろうか。しかも、ラクスが掴んでいるのはアスランの耳たぶだけなのだ。
「……痛そうだな、あれは」
 もっとも、それも自業自得だろう。そうも考える。
 まぁ、アスランに関してはラクスに任せておけばいいのか。どうやら彼女の中ではアスランよりもキラの方が重いらしいし。もっとも、それで当然なのだが、と考えてしまうのは身びいきなのか。
「それでも、懲りないんだろうな、あの男は」
 懲りているなら、ここ一年近くの間に割り切れているだろうに。そうも思う。
「取りあえず、シンにだけは忠告、だな」
 キラは知らないままの方がいい。そんなことを考えながら、レイは再び視線を展望室内へと戻した。

 その日、空は綺麗に澄んでいた。
「ここは、あの日から誰も足を踏み入れていない。流石に、セイランも自分がしたことの結果を目にしたくなかったんだろうな」
 ブリッジの中で、カガリがそう説明をしてくれる。
「私も……あの地には、誰も、入って貰いたくないと思うし」
 セイランとは違った意味で……と彼女は続けた。その気持ちはわかる。彼女にしても、キラの両親は大切な存在であったはずなのだ。他の人々にだって、そう思ってくれている人がいるに決まっている。
 そんな人々が眠っているこの地に迂闊に踏み込んで欲しくはない。
「そうだね」
 そう考えて、キラも同意の言葉を口にする。
 あんなことがなければ、みな、今でも普通に暮らしていたはずなのだし、とも。
「でも、生き残った者達が亡くなった人々を悼む場所も必要だからな……それに関しては後で何かを考えてみる。お父様もそうおっしゃっておられたし」
 それでも、今はひっそりと人々を眠らせておきたい。彼女はこういった。
「うん……カガリに任せる」
 言葉とともにキラは視線をオノゴロの島影に戻す。
「もうじきですよ」
 そんな彼女たちに艦長が声をかけてくれた。
「……上陸は、どこからになりますか?」
 シンが、こう問いかけている。それは、きっと、真っ先にあの場所をみたいからではないか。キラはそう考える。
「以前、港があった場所です。あそこだけは、先日、ウズミ様のご命令で整備しましたから」
 もっとも、そこから先は誰もまだ足を踏み入れていない。だから、キラとシンに案内をしてもらわなければいけないのではないか。彼はそうも付け加える。
「そうですね」
 自分も、家族が眠っている場所がどうなっているのかみたいから。シンはそういって頷いてみせた。
 そうしている間にも、ゆっくりと船はオノゴロに近づいていく。その光景は、昔見たときと変わっていないように思えるのはキラだけだろうか。
 その答えは、その地に降り立った瞬間、出た。
「……お花……」
 島一面に可愛らしい花が咲いている。
 それは、キラ達がまいたものが繁殖したのか。
 それとも、誰かがこっそりとこの地に足を踏み入れてまいていったのか。
 どちらが正しいのかはわからない。それでも、その存在だけで父や母が静かに眠っていられるとわかったような気がする。
「綺麗だな」
 シンの言葉に、キラは静かに頷いてみせた。