その事実にキラが気付いたのは、それからしばらくしてのことだった。
「……シン……」
 ちょっと来て、と言われて、シンは手にしていた教科書から顔を上げる。
「どうかしたのか?」
 普段は作業に集中しているせいで、自分が側に行くのもいやがるのに……と思いながらシンは腰を上げた。だから、食事を取らせるとき以外は、こうして同じ部屋にはいるが、それなりの距離を置いていたのだ。
「これ、見て」
 そういいながら、キラはモニターに表示されている文章を指さした。
「何か書いてあるのか?」
 こう言いながら、シンは彼女の肩越しにモニターをのぞき込んだ。次の瞬間、息をのむ。
「……なんだよ、これ……」
 何とか、これだけ言葉を絞り出す。
「どうしよう……」
 どこか泣きそうな表情でキラがこう問いかけてくる。
「取りあえず、保存して……それと、今、カナードさんか誰かいたはずだから、呼んでくる。これを見せて、相談しよう?」
 こうなったら、自分たちだけでは判断できるはずがない。もっといろいろなことを知っている人物の判断を仰ぐのが得策だろう。シンはそう提案をする。
「そうだね」
 それにキラも同意を見せてくれた。
「じゃ、俺が呼んでくるから……キラは、それを保存していて」
「ディスクとハードコピーでいいよね」
「あぁ」
 それがいいだろうな、とシンは頷く。
「じゃ、やっておく」
「了解」
 キラが再びキーボードをたたき出したのを確認して、シンもまた行動を開始した。
「……ラウさんはいないから、ギルさんかな。カナードさんにも声をかけた方がいいだろうし」
 特にギルは、疲れているところ申し訳ないが……と思いながらも、真っ直ぐに彼の書斎に向かう。この時間であれば、二人ともそこにいる可能性が一番高いのだ。
 早足で目的のドアの前間できたところで、シンは軽く呼吸を整える。そして、そのままドアをノックした。
「誰かな?」
 即座に中から声が響いてくる。
「俺です。ちょっと相談って言うか、報告が……」
 こう言えば、一瞬の間をおいてドアが開かれた。それは、カナードだった。
「どっちに、だ?」
 どうせ、二人ともここにいると思っていたんだろう? と彼は笑いながら問いかけてくる。それにシンは素直に頷いてみせた。
「できれば、二人に。キラが妙なものを見つけたので、どうしたらいいか教えて貰いたいんだ」
 自分たちでは判断できなかったから……と付け加えれば、カナードが何かを考え込むような表情を作る。いや、それだけではなく、ギルバートも腰を下ろしていたソファーから立ち上がるのが見えた。
「あの子は何を見つけたんだ?」
 その間にもカナードはこう問いかけてくる。
「見て貰った方が早いと思う」
 口で説明するよりも、その方が確実だろう。はっきり言って、あの内容に口にしても信じてもらえるかどうかわからないし……とシンは心の中で付け加えた。
「……わかった」
 その言葉をどう受け止めたのか。カナードだけではなくギルバートの表情も強ばる。
 ひょっとしたらよからぬ誤解をされているのかもしれないな、とシンは二人の視線から推測をした。もっとも、それもキラの手元にあるデーターを見るまでのことだ、と我慢をすることにする。
「では、急いでいこうか」
 何やら、死刑台に連行されるときのように、両脇から腕を掴まれた。そのままは半ば引きずられるようにして歩き出す。本当に、この二人は自分のセリフを半分聞き逃しているな……とため息が出てしまう。
 本当、ギルバートの書斎から自分たちが使っていた部屋までの距離が短かったことだけが救いかもしれない。後少し、この雰囲気に包まれていたら、絶対に切れていたぞ、とも思う。
「……どうしたの、二人とも」
 しかし、キラのきょとんとした表情を見た瞬間、それはあっさりと霧散してくれた。
「……え?」
 呆然としたように、二人はシンの腕から手を離す。
「だから、キラが変なものを見つけた、っていっただろうが。何、変な誤解してくれたんだよ」
 そこまで無分別なつもりはない! とシンは言外に付け加える。
「……お前が、ものすごく深刻そうだったからな……」
「すまないね。大人になると、いろいろと余計なことを考えてしまうものなのだよ」
 二人はぼそぼそと謝罪の言葉らしいものを口にした。
「大人って……」
 本当に、とわざとらしくため息をついてみせる。
「ともかく、キラの方だよ」
 こうなったら、さっさと驚け! とシンは心の中で呟く。それだけで、今のところ我慢しておくから……とも。
「それで、何を見つけたんだ、キラ」
 言葉とともに、カナードがキラの肩越しにモニターをのぞき込む。同じようにギルバートはキラが差し出したハードコピーの方に視線を落としていた。
 次の瞬間、彼等はともに凍り付く。
 それを見た瞬間、シンは取りあえず胸がすく思いを感じたことは事実だった。

 その後は、大騒ぎになったことは言うまでもない。
 それもしかたがないだろうな……とシンも思う。
 キラが見つけたのは、地球軍とセイラン家がプラントに対して行おうとした作戦の概要だった。
「……取りあえず、これがあればプラントに危害を加えさせることはないだろうね……ただ、この作戦だけはあちらに仕掛けてもらわなければいけないが」
 それでも、十分ザフトの者達で対応ができるだろう……とギルバートは口にする。
「……ギルさん……」
「心配いらないよ。決して被害は出さないから」
 にこやかな表情をキラに向けた。
「これをあちらに突きつけても、現状ではごまかされるだけだ。そして、また新たな作戦を考え出すに決まっている。ならば、ラウ達に任せておいて、作戦が始まる前に対処をする方が正しいと思うのだよ」
 だからね、と言われて、キラは小さく頷く。
「わかりました」
 あるいは、キラは地球軍の者達にも被害が出て欲しくはないと思っているのかもしれない。それでも、どちらも守ることができないのなら、選ぶのは当然プラントの方だ。そう考えているのだろう。
「大丈夫だよ。戦争にはしない」
 その言葉に、キラはまた、小さく頷いてみせた。