ザフトの基地、というのはもっと物々しい場所だと思っていた。それなのに、この状況は何なのだろうか、とシンは思う。
「二人とも。辛くないか?」
 あるいは、ここが食堂だからかもしれない。
「大丈夫です。とってもおいしいです。シン君は?」
 キラは声をかけてくれた調理員に微笑み返すと、シンに問いかけてきた。
「俺も大丈夫です。本当においしい」
 母が作ってくれた料理との味付けとはまったく違う。だからこそ、おいしいと思えるのかもしれないな……と心の中で付け加えた。
「それは良かった。どちらかというと、ここは味よりも量を食べたい連中が多くてね。でも、料理人としては、たまには手の込んだ、繊細な味付けの料理も作ってみたいんだよ」
 と言うわけで、ここにいる間は自分たちの気晴らしに付き合ってくれると嬉しい……と彼は続ける。
「そのくらいなら、かまわないです。俺、おいしいもの食べるの、好きだし」
「僕も、好きです」
 二人がそういったのが気に入ったのか。彼は目を細めた。
「なら、ご褒美、な」
 そして、まるで手品のように二人の前にデザートを差し出す。
「わぁ!」
「すげぇ」
 それに、二人は同時に声を上げた。それは、デザートのできなのか、それとも彼の手際なのか、本人達もわからなかったが。
「ゆっくり食べるんだぞ。お迎えが来るまでは、ここで預かっておきます……とクルーゼ隊長にはいってあるからな」
 退屈になったら、声をかけてくれていい。今の時間なら、手が空いているものも多いから……と付け加えると、彼は左右の手でそれぞれ二人の髪を撫でてくれた。
 そして、厨房へと戻っていく。
「何か……僕たちのせいで余計なお仕事、増やしちゃったのかな?」
 ふっとキラがこう呟いた。
 確かに、シンもそう思う。でも、それを口にするわけにはいかないだろう。
「……続き、食べようぜ」
 冷めてもおいしいだろうが、暖かい方が絶対おいしいから……とことさら明るい口調を作ってシンはキラに声をかける。
「そうだね」
 そうしないと、逆にみんなを心配させてしまうかもしれないね……とキラも頷いてみせた。
「暖かいものは、暖かいうちに食べなさいって……ママも言っていたから」
 言葉とともにフォークを料理に伸ばす。シンも、同じように料理をまたつつきだした。

 モニター越しに会話に加わっている相手を、カナードはよく知っている。
『やはり、プラントに連れてきてもらうのが安全だろうね』
 まだ、年若い――それを言えば、カナードはもちろん、ラウだってナチュラルの基準から考えればまだ未成年でしかないのだ――相手だが、プラントではそれなりの地位にあると聞いている。それに、既に一人、彼は手元に預かっているのだ。
 もっとも、ある意味、その一人が問題だと言ってもいい。
「……キラがレイみたいにならないなら、かまわないんだが……」
 小さな声でこう呟いてしまう。
 いや、レイはレイで可愛いのだ。それでも、キラがあんな風になるのはちょっといやだ、とそう思ってしまう。
「心配するな。お前がきちんと見張っていればいいだけだ」
 自分は側にいられなくても、カナードならば可能だろう……とラウが笑いながら付け加える。
「それと……シンも一緒の方がいいだろうな。キラだけではなくレイのためにも」
 彼はさりげなく言葉を重ねた。
『おやおや。ずいぶんと信用がないのだね、私は』
 苦笑とともに彼が口を挟んでくる。
「レイという実例があるからね。男の子であればあれでもいいが、キラは女の子だろう?」
 女の子は、素直な性格の方がいい……とラウは真顔で口にした。
「確かに。素直で、それでいてきちんと善悪の区別を付けられるそんな女性になって欲しいです」
 家事もうまくなってくれれば、それはそれでいいが……とさりげなくカナードも主張しておく。
『おやおや。ずいぶんと欲張りな希望だね』
「実例が目の前にいたからね。あの方は理想的な女性の一人だよ、ギルバート」
 その娘であるキラに同じようになって欲しいと思うのは、当然のことだろう……とラウは微笑む。
『どちらの、女性のことだろうね……君達が言っているのは』
 意味ありげな微笑みとともにギルバートが問いかけてきた。その言葉の裏に隠されているものに、当然カナードは気づいてしまう。でも、それはキラには聞かせたくない内容だ。
「カリダさんは、母親としても教育者としてもすばらしい方だっただろう?」
 ラウも同じように考えていたのか。厳しい口調でこういう。
『確かに。あの方もすばらしい女性だね。発想も柔軟で、母性にあふれていた』
 自分がもし、彼女と釣り合う年齢だったら迷わずに結婚を申し込んでいたかもしれないね……としれっとした口調でギルバートは付け加える。
「だからといって、キラには手を出すなよ? 私たちの友情と協力が大切なら」
 間違いはないとは思うが……と言うラウの言葉に彼は頷く。
『私だって、命は惜しいからね。もっとも……レイに関しては何とも言えないが』
 君と同じように考えるのであれば、間違いなく、キラに恋をするのではないか? とギルバートはラウに問いかけてきた。
「……それを言うなら、シンも可能性はあるかもな」
 今はともかく……とカナードも頷く。
「まぁ、それはそれでかまわないだろうね。その時は、きちんと教育をすればいいだけだ」
 キラを大切にしてくれるように、とラウも笑う。
「あれでなければ、な」
 さらに付け加えられた言葉に、誰もが頷いてみせた。