クライン邸に着くと同時にキラはシン達とともにゲストルームへと案内をされた。しかし、ラクスとレイは何故か別行動だ。もちろん、ラクスの婚約者という少年も同様である。
「……シン……」
 不安そうに、キラは自分の傍らに座っている少年に声をかけた。
「大丈夫だって。こういうことにはレイが一番向いてるってキラも知っているだろう?」
 自分たち三人の中で、という彼に取りあえず頷いてみる。しかし、どうして彼がラクス達に同席をするのかがわからないのだ。
「何か、さ。キラか誰かに関わることを知っているらしいんだよ。だから、レイが確かめに行っただけ」
 自分が行けば、話を聞き出す前に相手をぶん殴りそうだったから、とシンは苦笑混じりに付け加える。
「どうして?」
 こう問いかけたのはメイリンだ。
「だってさ。あいつが闖入してきたせいで、キラが体調を崩したんだぞ。どんな事情があったにしてもちょっと許せない」
 厳しい口調でそういいながらも、キラの額に触れてくる彼の指は優しい。だから、ほっと小さく息を吐いた。
「眠ってていいよ。いざとなったら、俺が運転して帰るから」
「……それって、無免許運転だろ」
 シンの言葉にヨウランが冷静なつっこみを入れている。
「大丈夫。ばれなきゃいいんだって、ギルバートさんもラウさんも言っていたから」
 それは思い切り違うような気がする。
 というよりも、プラントの秩序を守る人々がそれでいいのだろうか。
「ばれないだけのテクニックは持っているつもりだしさ。シミュレーションだけなら、MSも動かせるぞ。レイもだけど」
 暇つぶしに遊んでいるから……と言う言葉も、やはり何か違うような気がする。
「何? シン、ザフトにはいるのか?」
「まだ決めてねーよ。でも、覚えとけば、いざというときに何とかできるだろう?」
 力がなかったせいで、もう大切な存在を失うのはいやなんだ……とシンは口にする。それが何を意味しているのか、正確に理解できるのは自分だけだろう。キラはそう思う。
「シン」
 そっと彼の名を呼ぶ。
「大丈夫だって」
 気にしていないから……と言って彼は笑うが、そうとは思えない。でも、自分が迂闊なことを言っても彼のためにはならないことはわかっている。
「じゃなくて……膝枕、して?」
 その方が安心できるから、というのは事実だ。だが、同じくらいシンの心の痛みを和らげることができるのではないか。そうも思うのだ。
「いいよ」
 そんなキラの気持ちに気付いているのかどうかはわからない。それでも、どこか嬉しそうにシンはキラの頭の脇に腰を下ろす。そして、そのまま自分の膝の上に彼女の頭を導いてくれた。
「……本当にラブラブよね」
 あついわぁ……とルナマリアがぱたぱたと手を振ってみせる。
「いいだろう、別に」
 キラの頭の上から、シンのふてくされたような声が響いてきた。それでも、彼の指はそうっとキラの髪の毛に絡んでくる。そのままそっと撫でてくれる指の感触が心地よい。
「悪いとは言ってないでしょ。お熱いこと、っていったことだわ」
 ちょっとうらやましいだけ〜、とルナマリアは付け加える。
「……確かにな。見ていると、少し焦るかな」
 とは言っても、これも出会い次第だからなぁ……とヴィーノがため息をついた。
「あんたじゃ、ずっと無理よ」
「あのなぁ」
 周囲には自分を傷つける人は誰もいない。何よりも、シンが側にいてくれる。だから、何も心配する必要はないのだ。
 そんなことを考えているうちに、キラの意識はいつの間にか眠りの中に吸い込まれていった。

 目の前の相手を、視線の力だけで殺すことができたらどれだけいいだろうか。
 レイはそう思いながらも、アスランの顔をにらみつけている。
 もっともそれは相手も同じ気持ちであるようだ。同じような表情で自分をにらみつけているのがわかる。それでも余裕があるのは、きっと、自分たちの方が正しいと言ってくれるのが身内だけではないからだろうか。
「……それで、このようなぶしつけな行動を取られた理由をお聞きしておきましょうか」
 ラクスが厳しい口調でこう告げる。その様子には、歌姫として人前に出ているときの柔らかさは微塵も感じられない。
「貴方が、私をご友人方に紹介して頂けなかったことと、そのご友人の一人に関して聞き捨てならない噂をお聞きしたからですよ」
 婚約者として、放っておけなかった……とアスランはしれっとした口調で言い返してくる。
「そのために、私の学校での交友関係を壊してくださいましたの?」
 しかし、ラクスも負けてはいない。
「貴方が、家の学校の女子に声をかけて、余計なことを聞き回っていると、私の耳にも届いておりますわ」
 おかげで、自分だけではなく周囲の者達も多大な迷惑を被っている。ラクスはそうも言い切る。
「それとも、貴方は私の学生としての立場を奪っておしまいになりたい。そう考えておいでなのですか?」
 だとするならば、どのような理由を付けてでも、今すぐ婚約を解消させて頂く。ラクスはそうも付け加える。
「そのあかつきには、貴方をストーカーとして告発させて頂きますわ」
 自分の友人に対しての、とラクスが口にした瞬間アスランが、嫌な笑いを口元に浮かべる。
「俺は、ただ、俺の幼なじみを捜していただけです。それを邪魔する権利は、あなた方にはおありにならないはずだ」
 その表情は、自分のしていることは正しいのだ……と信じ込んでいるからだろう。
「あります。キラは、こちらに来たときからずっとカウンセリングを受けておいでです。私やここにいるレイをはじめとした方々が彼女に近づく人々を選別しているのも、お医者様からの指示、だからですわ」
 だから、仮にアスランとキラが友人関係にあったとしても、自分たちとしては二人を会わせない権利があるのだ。ラクスはそういった。
「キラさんは、ある事件の結果、過去の記憶の一部を自分で封印してしまっています。それは、キラさんの心を壊さないために必要なこと、とお医者様が言っておいででしたからね」
 だから、それを思い出させるような言動をするものは側に近づけないように、とそういわれている。レイもまた口を開く。
「貴方とキラさんが幼なじみであろうとなかろうと、です。あの人に昔のことを思い出させるような言動をする人間は、全員ですから」
 だから、学校でもキラの昔のことを耳にしているものは少ないはずだ。そうも付け加える。
「ですから、貴方がキラさんの記憶を刺激しようとするのでしたら、こちらとしてもそれなりの対処を取らないわけにはいきません」
 たとえアスランが《ザラ》の名を使って来ようとも、だ。
「……それができると?」
「貴方に言うべきではないかもしれませんけどね。俺たちはプラントよりもキラさんを取りますから」
 たとえ、プラントを捨ててもいい。それはラウも口にしていた言葉だ。それに自分もシンもカナードも反論を告げる予定はない。ギルバートにしてもともに来ると言い出しそうだとも思う。
「ですから、貴方の言葉は脅し文句にも何にもなりませんよ」
 レイがこう言って笑ったときだ。不意に彼等がにらみ合っている部屋のドアが開く。
「何をやっているの、このバカ息子!」
 一瞬遅れて、女性の声が周囲に響き渡った。