「……その人、誰?」 キラがこう言いながら、隣にいる男へと視線を移している。それが誰であるかは、既に知っていた。 キラの婚約者とか言う奴だ。はっきり言ってしまえば、その存在すら認めたくないと思う。さりげなく、キラが彼にすがるようにしている姿を見てしまってはなおさらだ。 しかしそれ以上にショックだったのは、キラの言葉だったことは否定できない。 「私の婚約者ですわ、キラ」 ふわりと微笑みながら、ラクスが口を開く。 「今日は都合が悪いと申し上げましたのに……本当に困った方ですこと」 しかし、その表情とは裏腹に、彼女の言葉には棘がある。 「こちらも、緊急でしたからね」 それを気にするつもりは全くない。そもそも、彼女がもっと早く《キラ》に会わせていてくれれば、自分だってこのような行動をすることはなかった。そう思う。 「ちょっとキラ……貴方、顔色悪いわよ?」 キラの側にいた髪の短い方の少女が彼女の顔をのぞき込みながらこう告げる。 「知らない人間が急に現れたから緊張しているんだよな」 大丈夫、俺もレイもここにいるだろう? こう言いながら、あいつがキラの体を抱きしめた。そんな奴の行動にキラも逆らわない。むしろ、ほっとしたような表情を作っていた。 「それはいけませんわね。そのせいで熱を出されてはいけませんわ」 キラは休ませた方がいいだろう、とラクスは即座に口にする。 「せっかく、楽しい時間を過ごしておりましたのに……本当に残念ですわ」 余計な闖入者のおかげで、とラクスは本気で怒りを向けてきた。それは、キラのことを本心から心配しているようには思える。しかし、どうしてそこまで……とそうも考えてしまう。 「ともかく、私の家に移動しましょう。キラはそこで休まれればいいですわ」 みんなもしばらくそこで付き合ってもらえれば、キラも安心するだろう……と彼女は付け加えながら友人達に微笑みかけた。 「そうしてくれるとありがたいな、俺も」 流石に、俺が下手に手を出すと、後で恐いから……と奴も口にする。 「お前なら多少の脱線は大目に見てもらえるだろう? キラさんの婚約者だろうが」 「そうだぞ、シン。本当にうらやましい奴」 傍にいた少年達が、周囲の空気を和らげようとするかのようにこう言ってきた。 「だからといって、あんた達に見学させるわけにはいかないでしょ」 二人とも節度を知っているんだから! と髪の長い方の少女が口にする。 「ともかく、移動しよう。本気でキラさんの顔色が悪い」 そういってきたのは、キラ達よりも先にギルバートに引き取られていた少年だ。 「できれば、そちらの方には少し離れて頂きたいのですが。後、ぶしつけな視線を投げつけないで頂けますか?」 慇懃無礼、というのがまさしくぴったり来る態度で彼はさらに言葉を重ねてくる。 「レイ」 「いいから、ここは俺に任せておけ。お前はキラさんの側に」 その方がキラも安心するから……と付け加える彼に、アスランの機嫌はさらに悪化していく。 本来であれば、その位置にいたのは自分だったはずなのに。 そう。 あの時、本国に戻ってさえいなければ、自分がキラを見失うことはなかったのだ。 一瞬の隙をついて、あいつらが自分とキラの間に割り込んできた。 そんなこと、許されるはずがないだろう。 だから、全てを正しいポジションに戻さなければいけないのに。 それなのに、まさか、一番肝心なキラが自分のことを忘れているなんて思っても見なかった。それどころか、こんな風に怖がられてはいったいどうすればいいのだろうか。 「……シン……レイも」 あいつの腕の中からキラが不安そうに二人の名を呼んでいる。それを耳にした瞬間、アスランの中に怒りがわき上がってきた。 だが、それよりも先にラクスが口を開く。 「ともかく、移動をしましょう。ここではゆっくりと休息も取れませんわ」 キラのためにも、落ち着いて他人の視線をシャットアウトできる空間は必要だろう。ラクスの言葉に友人達が頷いてみせる。 この場合『他人の視線』というのは、間違いなくアスランのそれのことを指しているのではないか。 「そうだな。キラもその方がいいだろう?」 この言葉に、キラが小さく頷いて見せているのがわかった。 「じゃ、ラクス様のお言葉に甘えさせて貰おうか」 ふっと微笑んだかと思えば、あいつが軽々とキラの体を抱き上げる。 「シン!」 「こっちの方が楽だろう?」 大丈夫、落とさないから……とあいつは笑う。 「じゃなくて、シンの方が大変だよ」 重いから、とキラは言い返す。 「キラは軽いって。もっと太ってもいいと思うぞ」 「それは俺も同じ気持ちですよ、キラさん」 だから、どうして自分の目の前でそんな行為をするのか。自分を怒らせようとしているとしか考えられない。アスランはそう考えて、拳を握りしめる。 しかし、それに対し文句を言えないのは、ラクスの友人だという者達がいるからだ。その者達はラクスだけではなくキラ達とも親しい。自分がここで迂闊な行動を取ればどうなるか。それが理解できないアスランではない。 自分が《ザラ家の嫡子》としてふさわしい行動を取っている限り、父は多少の行きすぎは見逃してくれる。だが、婚約者の目の前で他の女性に詰め寄ると言うことは流石にまずいだろう。もっとも、これがラクス達だけであれば遠慮はしなかっただろうが。 それがわかっていたからこそ、ラクスはこの場に友人達を呼んでいたのだろうか。 今までのことを考えてみればその可能性はある。そうも思ってしまうアスランだった。 |