そのころ、カナードはみながいる庭園の近くで周囲を見つめていた。
「シンならともかく、レイならきちんと言われたとおりにやったと思うが、な」
 それでも、一応警戒しておいた方がいいだろう。そう思ったのだ。
 もちろん、シンの作業が不安だというわけではない。だが、彼の場合、他人に指示を出すのが苦手なようなのだ。そのくらいであれば自分が動くと言いかねない。
 その結果、時間までに間に合わない可能性があることは否定できないだろう。
「何事もなければいいんだが……」
 残念だが、その可能性は低い。
 あの男が今回の事に気付いている以上、なおさらだ。
「……本当に……」
 などと考えていたのが悪かったのだろうか。目の前を見覚えがある顔が通っていく。
「わかりやすい奴だよ」
 だが、彼の目的地はここではない。どうやら、ラクスが向かったクライン邸の方へと素直に足を運んでいるようだ。
「しかし、相変わらず友達がいないのか、お前は」
 それとも、事がことだから、一人だけで動いているのか。その可能性は高いだろう。しかし、自分が調べた範囲では、アスランの周囲に《友人》らしき人影はなかった。むしろ、他人を避けるようにしていたはずだ。
 その理由もわからなくはない。
 彼の立場であれば、将来のことを見通して取り入ろう――いや、それよりも彼を通じて彼の長身と両親になろう――と思っているものが多いのは当然のことだ。
 しかし、中には彼本人と友情関係を築きたかったものもいるのではないか。
 それを全て同列にしてシャットダウンしてしまうという選択を取ったのはあくまでも彼だ。同じような立場にありながらも、ラクスはキラ以外にも友人を持っているだろうに。そう思う。
「しかし、ラクス様には感謝……だな」
 彼女の判断は自分のそれと傾向がよく似ている。
 だからこそ、キラを安心して預けていられるのかもしれない。
「シンとレイは……キラに近すぎるからな、ある意味」
 それはそれで構わない。連中はキラよりも年下だしな……とカナードは笑みを浮かべる。キラ優先で全体を見る余裕はないようだが、それはこれから身につけていけばいい。何よりも、自分たちがフォローしてやれることだしな……と考えてしまうのは、身内だからだろうか。
 だからといって、アスランのフォローをしてやる気にはなれない。
 あの男が月にいた頃したことは、幼さ故の独占欲の表れだったとしても許せるものではない。
「……キラが影で、どれだけ泣いていたと思っているんだ……」
 それを覚えているからこそ、彼に対する自分の評価が最低なのか。昔はそれなりに目をかけてやっていたのだが。そんなことも考える。
「まぁ……いくらお前でも、あの事実を知れば取りあえずは反省をするか?」
 キラが自分のことを覚えていない。
 これ以上に凄い報復はないだろう。
 もっとも、その後でどれだけアスランが爆発するかが恐いが。
「まぁ……あそこにはそう迂闊に侵入できないだろうし……できたとしてもキラの友人達がいる。レイ達にも、すぐに俺を呼べ……と言ってあるから、大丈夫だろう」
 今日は、幸い暇だしな……とカナードはさらに笑みを深める。
「ここならば、エレカの中で昼寝をしても大丈夫だ……と言う歌姫のお言葉だし」
 遠慮なくそうさせて貰おう。カナードはそう呟くとシートを倒した。

 アスランはクライン家の執事の対応に、思い切り眉間にしわを寄せていた。
「先ほど帰られたのは確認しておりますが?」
 ラクスが、とそう付け加える。
「あの方が今日ご予定があったとは聞いておりますが、それは終わられたのでしょう?」
 だから、少しだけでいいから自分に時間を割いて欲しい。それは婚約者としては当然の権利だろう。アスランはそう信じていた。
 というよりも、自分の父がよくそのような態度を取っていた……と言うべきか。
 だから、これが普通のことだという認識がアスランの中にはあった。
 本当に大切なものは自分の傍らから離れないように縛り付けておく。それができないというのであれば、害虫を近づけないようにすればいい。
 幸か不幸か、母は父を本気で愛していたらしいし、月にいた頃の男性の知り合いと言えば、研究所のメンバーかキラの父だけだった。そして、キラの父親という人は自分の家族を心の底から愛していた人でもあった。だからこそ、パトリックは彼には何もしなかったのだろう。
 自分もだから、キラの家族に関しては何もしなかった。
 友人と言うところまでは気にしなくてもいいか、とも思う。
 しかし、離れている間にキラには虫が付いてしまったらしい――それ以前に《キラ》が女の子だと言うことに驚いたが――それを邪魔しようとしているのに、周囲の者達のせいでできない。
 それ以前に、ラクスの傍にいる《キラ》が自分の知っている《キラ》なのかどうかを確認したいと思う。だが、それすらもできない状況なのだ。
 自分で情報を集めようとしても、現在の情報についてはともかく、過去のそれに関してはほとんど入手できない。それは、彼女たちがプラントに保護される原因となった事件が関係しているのだろう。
 後は本人に確認するしかない。
 そして、今日はキラがここに来ているはずなのだ。
 だから、うまくいけば本人を捕まえることができるのではないか。それでなくても、顔を見ることができるだろう。そう考えていたことも事実である。
『確かに、お嬢様はお帰りになられました。ですが、すぐにお出かけになられましたが?』
 だが、相手は予想外の言葉を口にする。
「出かけた?」
 そんなはずはない。
 少なくとも、ここから彼女を乗せた車は出ていなかったはずだ。
 と言うことは、相手は自分と会いたくはないと言うことか。それとも、彼女に会わせたくないと言うことかかもしれない。
「困ったな……緊急の用事だったのですが……」
 自分でもわざとらしいとは思いつつも、視線を落としながらこう告げる。
『申し訳ありません。御伝言がございましたら、承っておきますが』
 しかし、敵も然る者。ここまでされれば、もう、感心するしかない。だからといって諦めるわけにはいかないが。
「ご友人のことで厄介な話を耳にしましたので。ただ、相手の方々のプライベートにも関係してくることですから、ご本人に直接、お話をしたかったのですが」
 残念です……とそう付け加える。
『承っておきます』
 この言葉とともにモニターがブラックアウトをした。なかなか手強い、と見るべきか、それとも……とアスランは思う。
「さて、どう出るか……だな」
 彼がこう呟いたときだ。アスランの視界の隅で何かがひらひらと揺れている。そちらに視線を向けた瞬間、アスランは満足そうな笑みを口元に浮かべた。