ラクスはその人影を見つけて、小さなため息をつく。
「まさか、本当に行動に移すとは思いませんでしたわ」
 アスラン・ザラ……とラクスは口の中だけで呟いた。予想はしていたが、それを実際に目の当たりにすると余計に衝撃が大きいとしか言いようがない。
「レノア様が見張っていてくださるとおっしゃっていたのですが……アスランの方が上手だった、と言うことでしょうか」
 それとも、彼女もこの近くにいるのか。
 どちらにしても、迂闊に目的にへと向かえなくなった……とまたため息をついた。
「本当、あそこにしておいてよかったですわ」
 人知れず移動できる通路があるし、とラクスは心の中だけで付け加える。だから、キラ達が到着してから自分が移動するようにすれば時間を稼げるだろう。それから対策を取ったとしても遅くはないはずだ。
 そのための下準備はレイ達がしてくれているはずだし、と考えると同時にラクスはふわりと微笑みを口元に刻む。そして、そっと立ち上がった。
「お久しぶりですわ、デュランダル様」
 そのまま顔見知りの彼の所へと歩み寄っていく。
「これはラクス様。わざわざご足労をいただきまして、申し訳ありません」
 彼もまた同じように近づいてきた。そのまま頭を下げる。
「いいえ。これは私の義務ですもの」
 だからお気遣いなく、とラクスは微笑みを深めた。
「それよりも、スケジュールをお聞きしても構いませんか?」
 今日はそれを確認するためにきたのだし、と付け加える。この後の予定もあるし、と付け加えれば、ギルバートが頷いてみせた。
「お聞きしていますよ。おかげで、こちらにも差し入れが来ました」
 レイが今朝、持ってきたのだ……と彼は笑う。
「あら、そうですの」
「えぇ。メイド頭が気を利かせてくれましてね。キラに教えるときに、私たちの分も作るように促してくれたのだそうですよ」
 別名、味見係とも言いますが……と付け加えた。
「先ほど皆の手から守りながら味見をしましたが、身内のひいき目を差し引いても、それなりに食べられる味であったかと思いますよ。形に関しては大目に見て頂ければ、と」
「それなら、私も同じ事ですわ。今日は、みんなの手作りを食べてみましょう、というのが目的ですもの」
 初めて作っている者達ばかりなのだから、味や形は二の次と言うことで構わないのではないか。ラクスはそういって笑い声を漏らす。
「男性陣にもそれを覚悟しておいてくれと言い渡してあるそうですわ、シンが。キラの分は自分が全部食べる、とも」
 本当に仲がよろしいですわね、と付け加えれば、ギルバートも微笑んでみせる。
「えぇ。あの子もそれなりに安定してくれていますし。シンも成長著しいですからね」
 将来が楽しみだ、と彼は続けた。
「そうですわね。あの二人はお似合いですわ」
 ラクスの目から見てもそうなのだ。すぐ傍で見ているギルバート達にしてみれば余計に、なのだろう。
「ラクス様にそういって頂けると安心できますね。それと、スケジュールなのですが……場所を移動して頂いてもよろしいでしょうか」
 口頭で説明するよりも、タイムスケジュールとそれに関係している地図を同時に見て貰った方がわかりやすいと思う、と彼は続ける。だが、それだけが理由ではないこともラクスにはわかっていた。
「もちろんですわ、デュランダル様」
 言葉を返せば、彼は頷いてみせる。
「ではこちらに」
 そのまま、彼とともに歩き出す。そんな自分たちの背中を、いつまでも追いかけてくる視線があることに、ラクスは当然気が付いていた。

「……ねぇ、レイ……」
 周囲の様子を見ていたキラがレイに問いかけている。
「あぁ、警備システムですか? ちょっと変な人間が周囲をうろついていると言うことでカナード兄さんに相談したら、設置方法と場所を指示されたんですよ」
 ラクスもキラはもちろん、女性陣は守らなければいけない存在だろう……と彼はキラに説明をした。
「それに、ここはコンサートにも使われる予定があるそうですよキラさん」
 そんな彼に便乗してヴィーノが脇から口を挟んでくる。そのくらいであればまだ許容範囲だ。しかし、さらにキラの肩まで抱こうとしたのは許せない。
「なんだよ、シン!」
 その気持ちのまま行動を起こせば、相手がにらみつけてくる。
「いや、今のはどう考えてもあんたが悪いわ」
 ところが、シンの味方は予想外の所から現れた。
「そうよね。女性の肩を勝手に抱こうというのはセクハラって言われてもしかたがないわよ」
 まして、婚約者の前ですることではないだろう……とルナマリアとメイリンが即座に言ってくる。
「お前……普段、女性から相手にされてないからって、今のはまずいだろう」
 さらにヨウランまでがため息をつく。
「……お前の一言が一番辛辣……」
 シンに突き飛ばされたままの体勢でヴィーノがこう呟いている。
「何言っているんだよ、お前。キラさんは俺の! ついでに言えば、俺が突き飛ばしていなかったらレイにぶん殴られていたぞ」
 こう言いながら、振り上げた拳の納め先を探している親友へとシンは視線を向けた。
「……殴るなんてしない。せいぜい、手をたたき落として足を踏みつけたぐらいだ」
 それだけで十分なような気がするのは自分だけか。シンは思わずそういいたくなってしまう。
「もう、二人とも……」
 そんな自分たちをキラが困ったような表情で見つめてくる。そうされれば、しかたがないなと矛先を納めるしかないんだよ、とシンは心の中で呟く。
「でも、本当にいいのよ。知らない相手に抱きつかれたりしたら、いやでしょ? そういう相手にはきちんと対処しないとダメ」
 キラにルナマリアがこう諭してくれいる。やはり、女性の友達というのは大切だよな、と目の前の様子を見ながらシンは改めて認識をした。
「そうですよ。それでなくても、ラクス様もだんだん馬鹿なファンが増えているそうですし……ファンの中から犯罪者が出るよりは過剰と言われても対処しておいた方がいいです」
 キラにしても、ラクスと仲がいいことは有名だから、踏み台にしようとする中が出るかもしれないだろう、とメイリンは付け加える。
「何よりも、キラさんの才能を利用しようとしている人がいてもおかしくないですよ」
 だから、気を付けた方がいい……と彼女は微笑んだ。
「まぁ、シンかレイが傍にいるから心配は少ないと思うんですけど……」
 それでも、警戒だけはしていた方がいいだろう。その言葉に、キラは首をかしげた。
「僕なんて、別に普通でしょ? たまたま、いい先生が傍にいただけだもの」
 友達にしても同じだ……と言うキラは、本当に昔から変わらない。そして、ずっとこのままでいて欲しいとそう思う。
「キラ」
「本当に貴方は……」
 皆もそう思っているのだろうか。微苦笑とともに彼女を見つめる。
 まるでそれにタイミングを合わせるかのようにラクスが予想外の場所から姿を現した。