「キラが、アスランの顔を覚えていない?」
 まずはカナードに相談をしよう。というよりも、他の二人が忙しすぎていつ帰ってくるかわからないから……と判断をしたと言った方が正しいのか。
「ラクス様から写真を見せられても、初めて見る相手に向けるような表情をしていた」
 キラの性格から判断をして、演技とは思えなかった……とレイは頷き返す。
「……たんに、顔立ちが変わったから認識できなかっただけではなく、か?」
 女性と違って男性は第二次性徴に入ると顔つきが大きく変わってくる。しかも、写真だろう……とカナードはさらに言葉を重ねてきた。
「……俺が見た限り、ラクス様の隣にいたアスラン・ザラは、レノア様にそっくりでしたが?」
 それに、レノアの方はきちんと認識できていたのだ。
 こうも付け加えれば流石にカナードにもキラの異常性――と言っても《アスラン》に関する認識だけだが――が伝わったらしい。
「……その他のことは、普通に覚えている訳か」
 アスランと月時代にどのようなことをしていたかは……とカナードはため息をつく。それなのに《彼》の姿は忘れている、というのはどのようなことなのだろうか。そう考えているのだろう。
「……まさか、とは思いますが」
 ふっとある可能性に気付いて、レイは口を開く。しかし、それはすぐに間違っているような気がして、言葉を飲み込んだ。
「なんだ?」
 構わないから言って見ろ、とカナードが視線で促してくる。
「……キラさんは、月にいた頃にアスラン・ザラが何をしていたか……知っていらっしゃった、と言うことはないですよね」
 それでもあえて気付かないふりをしていたのではないだろうか。
 きっと、それは、自分のためではないだろう。
 確か、レノアとカリダは親友同士だったはず。それだから、アスランがしていることを彼女たちが知れば悲しむと思っていたのではないか。
 だが、既にカリダはこの世にはいない。
 そして、キラの周囲にはアスラン以上の友人達がいる。それもキラ自身が自分だけの力で手に入れた者達だ。
 だから、彼女の中で《アスラン》という存在は重みを失ったのではないか。
「……キラさんの心が辛いことを思い出さなくてすむように、本当の《アスラン》の存在を、彼女が信じていた《アスラン》にすり替えたのかもしれません」
 それはそれで望ましい状況だと言っていいのだろうか。それとも、とレイは顔をしかめる。
「キラは、あれでも周囲の人々の感情には聡いからな」
 その分、自分に向けられる感情には疎いというのは困りものだが……とカナードは苦笑を浮かべた。
「それに、あの時の衝撃だ。十分考えられるな」
 あの時もしっかりしているように見えていたものの、心の中ではそうではなかった。それでも、シンがいてくれたおかげでかなりマシだったがな……とそうも付け加える。
「同じ思いを共有できる存在がいると言うことが、キラにとっての支えになったんだろう」
 何よりも、彼だけでも『救えた』という気持ちが大きかったんだろうな。カナードは小さな声で付け加えた。
 それにプラスして、シンがいい奴だったからだろう。
 多少、未熟さは見られるけれど、カナードを中心とした大人達の教育のおかげで短所よりも長所の方が目に付くようになってきた。何よりも、キラの気持ちを優先に考えてくれる。
 キラも彼を受け入れているし、自分から見てもお似合いの二人だ。
 だから、とレイは心の中で呟きを漏らす。誰であろうとも、あの二人の邪魔をさせたくないと思う。
「個人的に、アスランには『ざまぁみろ』と言ってやりたいが……問題はその事実をあいつがどう受け止めるか……と言うことだろうな」
 アスランにとって『キラに依存されている』と言うことが一種のアイデンティティになっていたはずだ。それがあるからこそ、自分の有能さを認識できたのかもしれない。
 今でもキラに執着をしているのは、それを自覚できる場が少ないからだろう。
 いや、彼を称賛してくれるものは今でも傍にいるのだろう。ただ、それが彼自身を称賛しているのか、それとも《ザラ家の嫡子》を称賛しているのかわからない。そういうところなのではないか。そうカナードは口にする。
「……そのために、キラさんを利用しようとしている、と言うことですか?」
 それでは、キラはアスランのためのただの道具ではないだろうか。それしか彼の中では意味を持っていないと言うことか、と改めて怒りを感じてしまう。
「キラの言葉なら素直に聞き入れられる、と言うことだろうな」
 あの子は《ザラ》の家名に騙されない。それをアスランもよく知っていると言うことだろう……とという言葉にはレイも納得だ。ラクスですら、そのような言葉を口にしているのだし、とそう思う。
「というよりも、あいつはキラが自分の傍にいるのが当たり前、と思っているんだろうな」
 確かに、幼い頃から一緒にいたからそう認識していたとしてもしかたがない。そう思っていた時期もある。
 しかし、普通成長していけばその考えを改めるものだろうが……とカナードはそう口にした。
 それができない、と言うことは、アスランはまだ本当の意味で成長していないのではないだろうか。そうも彼は続ける。
「別段、それはあいつ自身の問題だから、構わないんだがな……それにキラを巻き込むことだけは許せない。そういうことだ」
 キラの成長まで邪魔しようとすることは、とカナードは言い切った。
「そうですね」
 だからこそ、自分たちは彼女とアスランを会わせないようにしてきたのだ。
 しかし、この状況であればアスランとキラが万が一再会したとしても、別人だと言い切れるのではないか。そんな気もしてくる。
「アスランの暴走がなければ、それでいいんだが……」
 レイの言葉に、カナードがため息をつく。
「問題なのは、アスランが現状を受け入れない可能性が大きいって事なんだよ」
 その結果、アスランが暴走をする可能性はある。
 巻き込まれたキラが余計なことを思い出して悲しむようなことにならなければいいが……と言われて、レイはその可能性にようやく気付く。
「ともかく……一度カウンセリングの先生に相談だな。素人判断をして、最悪の結果になったら厄介だ」
 せっかく、カウンセリングの回数も減ってきたのに。
 これでまた回数が増えるのだろうか。だとするならば、キラもまた何かに気付くかもしれない。そんなことも考えてしまう。
「……後は、レノア様にも一応報告をしておくか」
 彼女であれば、よい助言をくれるかもしれない。それに、アスランにもクギを指してくれるかも、というのは甘い考えなのか。そういいたくなるカナードの気持ちもわかる。
「キラさんさえ幸せなら、いいんですけどね」
 ともかく、ラウとギルバートにも連絡を入れておきます。そう告げるレイに、カナードも頷いてみせた。