しかし、これは予想外の事実だったな。
 目の前の様子を見ながらレイは心の中でこう呟く。
 事の始まりはラクスの一言だった。
 一応、キラが彼をどう思っているのかを確認しておかなければいけない。
 ラクスがそう口にしたのだ。
「ですが、ラクス様……」
 そんなことをして、キラが余計なことまで思い出してしまっては……とレイは思わず言い返してしまった。
「大丈夫ですわ、レイ。そうならないように、慎重に言葉を選びますから」
 それに、これを確認しておかなければ、今後の事に支障が出てくる……とラクスは付け加える。
「クルーゼ様にしてもデュランダル様にしても、これからさらに強い立場を手に入れられるでしょう。そうなれば、貴方もキラ達も、ある程度は表舞台に立たなければ行けないはずです」
 その時にアスランがどのような行動を取って来るのかは想像が付く。しかし、キラの方はそうではないだろう。だから、とラクスはレイを見つめてきた。
「それとも、私を信じてはいただけませんか?」
 さらにこう問いかけられては、もう反論のしようもない。
「……わかりました」
 それでも、フォローだけはできるようにしておこうか。心の中でそう呟く。
 そんなレイに微笑みかけると、ラクスが立ち上がった。どうしたのかと思えば、シンとキラが戻ってくるのが見える。
「あ、レイがラクスと付き合っていてくれたんだ」
 にっこりと微笑みながらこういったキラの腕には数冊のカタログらしきものが抱えられていた。そして、シンはそれの数倍の厚さの本を抱えている。
「シン、ごめんね。重かったでしょ?」
 そんな彼に向かってキラがこう問いかけた。
「大丈夫だって。俺の方が力があるし……キラにこんなに持たせたら、絶対、途中で転ぶだろう?」
 だから、俺が持った方が安心できるんだって……とシンが言い返す。その様子を見ていて安心できると思うのは自分だけだろうか。
「酷い。そんなことないよ」
「いや、絶対に転ぶ。そう思うだろ、レイ」
 口げんかに突入する前に、早々にシンは自分に助けを求めてきた。
「転ぶ転ばないは別にして、確かに、キラさんがそれだけの本を抱えているのを見ると不安になりますね」
 それに苦笑とともに無難なセリフを返す。
「そうですわ、キラ。それに、そのくらいなら当然のことですもの」
 シンが嫌々やっているならともかく、自分から進んで本を運んでくれたのであれば、気にすることはない。ラクスはそういって微笑む。
「……そうなのかな」
 確認をするように、キラはシンの顔を見つめる。
「男として当然だろ」
 だから、気にしなくていい。そう付け加える彼に、キラはようやく納得したようだ。小さく頷いている。
「と言うことでキラ。お仕事のお話を先に終わらせて頂いてよろしいでしょうか」
 にっこりと笑みを深めながらラクスは話題を変えてきた。
「あぁ、ごめん。一応、衣装のイメージようにカタログを持ってきたけど……ラクスの希望はある?」
 キラはそういいながら腕に抱えていたカタログをテーブルの上に置いた。シンはシンで、持ってきた本をサイドテーブルへと置いている。こちらは別のことに使うための本だったらしい。
「メインは、この前お見せしたデザイン画のものになりますが……その他に何種類か普段身に纏っているドレスの中から使っていただきたいのですわ」
 こう言いながら、ラクスはさりげなく用意してきた写真を取り出す。その中には、アスラン・ザラも一緒に写っていた。
 最初からそうするつもりだったのか。
 だとするなら、キラがどのような反応を取るのだろうか、と不安になってレイは彼女を盗み見る。しかし、キラはアスランの存在に気が付いている様子がない。
 それはどうしてなのか。
「そうだね……使うなら、こっち?」
 こちらの写真のも素敵だけどメインの衣装とかぶらない? とキラはラクスに声をかけている。
「CGにするのは楽だけど、でも、見ていて楽しくないかも」
 それとも、こちらからメインの衣装に変化させる? と指さしている写真のラクスの隣にはアスランがいるにもかかわらず、彼女の表情は変わらない。まるで見知らぬ誰かを目の前にしているようだ。
 それが演技でないことは傍にいる自分がよく知っている。
「それは素敵ですわね。それならば、私が羽根をはやして空を飛ぶこともできますか?」
「難しくはないよ」
 本当にどうしてしまったのだろうか。そんなことを考えながら、レイはキラの顔を見つめている。
「あのさ」
 キラの肩越しに彼女たちの手元を見つめていたシンが不意に口を開く。
「何でしょう」
 そんな彼にラクスが言葉を返す。
「ラクスの隣にいる男の人、誰?」
 そういえば、彼はアスランの顔を知らなかったのだ。だから、出てきた言葉なのだろう。
「私の婚約者ですわ」
 ラクスは、そんなシンの問いかけにさらりと言い返す。彼女としては、あまり彼のことに触れられたくないのだろう。
「ふぅん……この人なんだ。かっこいいけど、僕はシンの方がいいな?」
 しかし、何故かキラはこんなセリフを口にした。
「キラ?」
 いったい、何の冗談を言っているのだろうか。そんなことを考えてしまう。彼女がそんなことをできるはずがないとわかっているのに、だ。
「何? どうかしたの?」
 自分やラクスの反応が気にかかったのだろう。キラが不安そうにこう問いかけてくる。
「……キラさん」
 意を決したようにレイは口を開く。
「ラクス様の婚約者のお名前をご存じですよね?」
「アスラン・ザラさん、だっけ? 月にいた……アスラン、と同じ名前の人だよね」
 レイの問いかけにキラはこう言い返してくる。しかし、彼女の脳内では目の前の人物と月にいた《アスラン》が何故か同一人物だとは結びついていないようなのだ。
 それはどうしてなのか。
 レイの問いかけで何かを察したのだろう。シンも口をつぐんでいる。
「僕、何か変なことを言った?」
 ただ一人、キラだけは意味がわからないと言うようにみなの顔を見回していた。
「何でもありませんわ。キラの口から今までその方の名前が出たことはありませんでしたでしょう? ですから、驚いただけですわ」
 ラクスが微笑みとともにこう告げる。
 そのまま、視線だけで何かを伝えてきた。それにレイは頷き返す。
 同時に、このことをラウ達に告げなければいけない……と目の前の光景を見つめながらそう心の中で呟いていた。