「これは、本気で転職を考えた方がいいかもしれないね」
 嫌がらせにしてもたちが悪い、とラウはため息をつく。
「データーに関しては、キラが作ってくれたロックシステムと、バックアップシステムがあるから復旧は可能だし、持っていったところで中を確認することすらできないだろうね」
 それでも、と彼は目をすがめた。
 目の前の惨状から元の状況を取り戻すのにどれだけの時間を必要とするだろうか。
 その間に、地球軍が余計なちょっかいを仕掛けてきたならば、十分な対処を取ることは不可能だと言っていい。
「あるいは……ブルーコスモスの工作員でも潜入していたか?」
 むしろ、その方がありがたい。
 だが、これが先日のことに関する報復だとするならば、本気で愚かだとしか言えないだろう。
「……まぁ、私たちにしてみればプラントでなくてもいいのだよ、アスラン・ザラ」
 キラが幸せそうに微笑んでいられるのであれば、別段、大地――それが人工のものだとしても、だ――に足を下ろす生活をしなくてもいいのだ。その気になれば、自分やカナードは十分、傭兵としてもやっていけるだろう。キラをはじめとした三人にしても、ジャンク屋ギルドでそれなりのレベルの仕事を引き受けられるだけの実力は身につけさせてある。
 ただ、キラが友達を大切にしているから、この場に留まっているだけなのだ。
 その気持ちは、自分よりもカナードの方が強いだろう。
「しかし、どうしたものかね」
 このまま全てを放り出してこの地を後にするには、少し権力を持ちすぎた。何よりも、キラ達にすぐに準備をさせることは難しいだろう。
「……新しい執務室でも用意してもらうか」
 それが一番、前向きな結論ではないか。そう判断をして、ラウはきびすを返す。
「クルーゼ隊長!」
「……こちらに予備の執務室を用意しましたので、ご不便だとは思いますが、しばらくそちらをおつかいください」
 こちらは大至急修理をしますから、と口にしながら、設備の者達が駆けつけてくる。どうやら、今まで誰も来なかったのは、予備の執務室の準備をしていたからのようだ。
 それならば、彼等に怒りをぶつけるのはやめておこう。ラウはそう判断をする。
「わかった。そちらの端末はここと同じものだね? マザーへの接続もすんでいると判断して構わないのかな?」
 それよりも先に少しでも早く元通りの仕事ができるようにしなければならない。キラや他の者達を守るためにも、だ。
「はい」
「ならば、案内を。こちらの復旧も早めに頼む」
 使い慣れた端末の方が、やはりいいからな……と付け加える彼に、兵士達は素直に頷いてみせた。

 同じような状況にギルバートも置かれていた。
「……誰が癇癪を起こしたのかな。これは」
 それとも、こっそりと実験をしようとして失敗したのかな、と彼はため息をつく。
「残念だが、ギルバート……どうやら、故意に壊されたものらしい」
 それも、君の端末を狙って……と同僚の一人がため息混じりに告げてくる。
「故意に、ね。そうされなければいけないくらいの恨みを、誰かに買ったかな、私は」
 最近、そのようなことをしている記憶はないのだが……とも彼は付け加えた。
「確かに。少なくとも、異性関係はなくなったな」
 お嬢さんを引き取った頃からか? と問いかけられて、苦笑を浮かべるしかできない。
「レイはともかく、キラにはそのようなことをしていると尊敬してもらえそうにないからね。あの子の実のご両親は、本当にすばらしい方々だったから」
 親ではないとキラの方が認識をしてくれているのはわかっている。それでも、引き取った責任と、自分なりの矜持があるから……とギルバートは付け加えた。
 それ以上に、ラウとカナードが恐いかもしれないが。この言葉はあえて口には出さない。言う必要もないことだろう、と自分に言い聞かせていた。
「なるほど。女の子の親というのはそれなりに大変なのかな」
「というよりも、異性の子供だから、でしょう? 私だったら、男の子の方が大変だもの」
 苦笑混じりに女性評議員が声をかけてくる。
「しかし、どうやってここに侵入したのかしらね。少なくとも、評議会ビルにつとめているものでも、あるランク以上の人間でなければここに入れないわ」
 最高評議会議員達の執務室よりは警備が緩いとはいえ、普通の部署に比べれば厳しいとしか言いようがない。
 それなのに、これだけのことをしでかしても掴まらないというのは何なのか。
 こう考えた瞬間、ギルバートは嫌な仮説に行き着いてしまう。
「……まさかと思うが、キラが昔から決められていたシンと正式に婚約したのが気に入らなくて、八つ当たりをされたわけではないだろうね」
 あの子は可愛いし、優れた才能を持っている。それ以上に努力家だから、将来有望だと言っていいだろう。あの年齢で、既にプラントの管理システムの一端を任されるくらい周囲に認められているのだし、とも。
 それに――あまり言いたくはないが――ラクスの親友でもある。
 こう考えれば、上のものたちと知り合いたい中途半端な連中があの子を手に入れたくてじたばたしていた可能性は否定できないね……とギルバートはため息をついてみせた。
「……まぁ、君にしてもクルーゼ隊長にしても、プラント内では将来有望な人物だからね。可能性は否定できないか」
 しかし、それとこれとは話が違うだろう……と彼はため息をつく。
「君が仕事をできないと言うことは、他のものにそれだけ負担が行くと言うことだ。これで万が一の時の対処が遅れたらどうするのだろうな、犯人は」
 誰が責任を取れるというのだろうか。
 その言葉に、この場にいた誰もが頷いてみせる。
「ともかく、君の急務は端末の復旧だな。その間、我々が君の分も作業を負担しなければいけないだろうね」
 しかし、問題なのはギルバートの専門分野に関わることだ……と彼は口にする。
「取りあえず、バックアップが働いているだろうからね。マザーにさえ接続できるのであれば、データーの復旧は難しくないだろうが……使い慣れていない端末というのは別の意味で疲れるからね」
 さて、どれだけ時間を短縮できるか……と眉を寄せる。
「確かにな。個人的な癖が付いているだろうからね」
 使い慣れたものが一番だろう。だからといって、私物を持ち込むわけにはいかないのだ。
「多少、能率が落ちることは妥協しないとね」
 そして、同じようないことがないようにしなければ……と彼は口にする。
「確かに」
 こう言いながらも、他の者達は自分たちの仕事へと戻っていく。その姿を確認しながらも、ギルバートは厳しい表情を崩すことはない。
 今回は、まだ対処が取れるようなことだったからいい。
 だが、対処が取れないことであればどうなっていたか。
「……ともかく、本人達はいやがるだろうが、あの子達の外出には人を付けるしかないだろうね」
 それも信頼できる者を……とこう呟く。適任者は近くにいるし、とも。
「二度と、同じ事はさせないよ」
 その後に続く名前は、誰の耳にも届かなかった。