そのころカナードは、ようやくレノアとの再会を果たしていた。とは言っても、おおっぴらに再会を喜べないというのも事実だ。
「……そう……カリダとハルマさんが……」
 話を聞き終えて、彼女は小さなため息をつく。
「それでキラちゃんは?」
「ここでは、取りあえず身の危険はありませんから……本来の性別で普通にくらしています」
 一緒に拾ってきたシンが将来有望そうなので、婚約させましたし……とカナードは少しだけ明るい口調を作って告げる。
「何よりも、笑えるようになってきましたから」
 二人を失った痛みから完全に抜け出せたわけではないだろう。そして、それ以前にアスランに付けられた傷は今でもキラの中に存在している。しかし、僅かずつだがいやされいるはずなのだ。
「……そうなの」
 それは良かったわ、とレノアは微笑む。
「もっとも、また、元の二の舞になりそうですけど……」
 そんな彼女にこの事実を告げるのは実は辛い。だが、彼女以外にあれの行動を監視してくれそうな人間がいないことも事実だ。だからと、カナードはこう告げる。
「……アスラン?」
「はい。どうやら、キラが《キラ》ではないかと確認したがっているようです」
 それでは元の木阿弥だ。
 アスランの価値観だけに支配されるようになっては、キラ本来の魅力が失われてしまう。
 何よりも、彼女がこちらに来てから自力で築き上げてきた人間関係まで全てこわされるのではないか。
「それだけならばいいのですが、過去の言動を考えれば、ようやくキラが手にした幸せもこわされそうですからね」
 シンとの仲はもちろん、初めてできた同性の親友であるラクスも、あの子から取り上げられてしまうのはないか。そんなことすらも予想できてしまう。
「……あの子なら、可能性はあるわね」
 さすがは母親と言うべきか。それとも、レノアだからかもしれない。
 彼女はあっさりと指摘された自分の息子の異常性を認めてみせる。
「ところで、具体的に今まで何をしたの?」
 それによって自分も腹をくくるから、とレノアは真面目な口調で問いかけてきた。
「ラクス様とお会いしたときに『キラとあわせて欲しい』と言ったそうですよ。婚約してすぐの時だったとか」
 これは、男として最低じゃないだろうか……と改めて思う。いくら押しつけられた婚約者でも、初対面の時に他の女性に紹介しろというのは普通ではないだろう。
 実際、レノアの眉間にしわが一本、刻まれた。
「その後、キラの誕生日のお祝いと言うことで友人達を招いて内々にパーティを計画していたら、ザラ委員長から『息子を参加させて欲しい』とギルバートが言われたそうです」
 しかも、あの子の人見知りは今でも酷い。それでも、自分だけの力で集めた友人達と初めてのパーティと言うことで、キラが楽しそうにしていたのに、だ。
「……そう、パトリックも何をしているのかしら」
 ラクスとのことは彼が一番積極的に進めたことなのに、とレノアはため息をついてみせる。
「それが交換条件だったとは、おっしゃいませんよね?」
 婚約の、とカナードは問いかけた。
「……可能性がないとは言えないわね」
 自分の夫と息子の性格は的確に掴んでいるらしい。それでも修正できないのは、相手の資質によるものなのか。それとも、彼女が忙しすぎるからなのか、と悩みたくなる。
「それで、俺が掴んでいる最後の一件ですが、キラとシンの婚約披露パーティに招待もされないのに押しかけてきましたよ。ラクス様をだしに」
 それで一悶着あったのだが、どうやら今のところラクスはもちろん、ラウにもギルバートにも圧力はかかっていないらしい。だが、これからもそうだとは限らないのではないか。
「……あのバカ息子……」
 そこまでやるか、とレノアの眉間のしわがさらに増えた。
「パトリックもパトリックだわ! 何、息子に遠慮しているのかしら」
 他の人間にはあそこまで高圧的な態度を取るのに……と彼女ははき出す。
「……まさかとは思いますが……レノアさんにそっくりだから、とは言いませんよね」
 ザラ委員長も……とカナードは半分冗談で口にする。
「可能性がないとは言い切れないわ」
 それなのに、こう言い返されてはどうすればいいのか。そんな気持ちになってしまう。
「あの子は、無駄に頭がいいのよね。キラちゃんのようにそれを素直に自分の才能を伸ばす方向に使ってくれればよかったのだけど」
 アスランはそうではなかった。
 しかも、未だに自分の世界が全て、という考えを捨てきれない。
 そして、アスランの世界の中には《キラ》という存在が不可欠なのだ、とも付け加えた。
「あのことキラちゃんは全く別の存在で、いずれは別々の道を歩いていかなければいけないのだ、と何度も諭したのだけれど、聞く耳を持ってくれなかったわ」
 ここで本気で納得させないと、キラはもちろん、アスランのためにもならない。彼女はそういいきる。
「そういうことだから、ちゃんと協力させて貰うわ」
 ただ、こんな風に顔を合わせることは難しいだろうが、と彼女はため息をつく。
「わかっています」
 確かに、こうして頻繁に顔を合わせていればアスランの耳に入らないわけがない。
 しかし、レノアと連絡を取ることは必要不可欠だ。
 どうしたものか……と考えれば、答えは一つしかないだろう。
「ラクス様とキラ、それにシンとレイは同じ学校です。今しばらくは、そちらから連絡が取れるでしょう」
 もっとも、多少のタイムラグは覚悟しなければいけないが。
「それがいいわね。それにしても、家のバカ息子。他にもあれこれやらかしていなければいいのだけれど」
 あの子のことが解決しないうちはキラに会いに行けないでしょう! とレノアはため息をつく。
「忘れられたらどうしようかしら」
「大丈夫です。アスランのことは忘れてもレノア様のことだけは忘れないはずです」
「そうあって欲しいわ」
 カナードの言葉に、レノアは頷いてみせる。
「それでは、仕事のことなのだけれど……こちらの管理システムに関しては従来通りでいいの。でも、こちらは新しいシステムを使う予定なの」
 そして、仕事の話へと内容を変えていく。
「それに関しては、今、キラとシンが確認に行っています。あの二人に任せておけば大丈夫ですから」
 こう言ってカナードは笑う。
「その話は聞いているわ」
 だから、あなた方を呼んだの……とレノアも微笑む。
「信頼しているわ。だから、頑張ってね」
 その言葉には、静かに頷いてみせた。