そのころ、ラクスは目の前の相手を見て本気で怒りを隠せないでいた。
「いったい、何しにいらっしゃいましたの、アスラン・ザラ」
 招待状も持たずに、とラクスは言い切る。その隣には、ギルバートとラウの姿もある。
「貴方の歌を聴きに、ですが? 婚約者として当然の権利かと」
 いったい、どう考えればそのような言葉が出てくるのか。
 第一、自分は彼の所有物ではない。一個の存在だと言い切れる。
「いいえ、そのような権利はございません。今回の歌は私が友達のためだけに歌うもの。その中に、貴方は入っておりませんわ」
 そして、ギルバートも許可を出していない……とラクスは付け加えた。
「では、デュランダル氏の許可をいただければいいわけですね?」
 どうすれば、そのような結論になるのだろうか。そうも思う。
「残念ですが、何をどう言われても許可を出すわけにはいきませんね」
 今日は、我が家の子供達のための祝いの席だ。だから、彼等の知らない客は招きたくないのだ、とギルバートは言い切る。
「内々の席ですのでね。仕事仲間も呼んでおりません」
 主役の二人もそれを望んでいるから、と彼は微笑んだ。
「私は《シーゲル・クライン》の娘ではなく、ただの《ラクス》としてここに招かれております。ですから《シーゲル・クラインの娘の婚約者》はここには必要ありませんの」
 むしろ邪魔だ、と言外に付け加える。
「お祝いの席を私情で騒がせないでください、アスラン・ザラ!」
 さっさとお帰りください、とラクスは言い切った。
「これ以上ごねられるのでしたら、私と貴方との婚約も考えさせて頂きますわ」
 普段の雰囲気――別名『擬態』とも言うのではないだろうか――をかなぐり捨てて、ラクスはこうも口にする。
「ラクス・クライン」
 それに対し、恫喝のためか、アスランの声が低くなる。しかし、それを気にしてなんていられない。
 いまは、キラのことを優先しなければ。
 あの嬉しそうな彼女の表情を曇らせるわけにはいかない。
 それが、ラクスの本音である。だから、後で父とパトリック・ザラがもめることになってもかまわないのではないか。そんなことも考えている。
 いざとなれば、彼の言動でこれから《歌姫》としての活動に支障が出るのではないかと不安になったと言えばいい。歌姫としての自分の存在は、まだまだ必要とされているはずだし、とも。
「何でしょうか、アスラン・ザラ。私は、私の交友関係の中に、貴方に入ってきて頂きたいとは思いませんの」
 自分の世界は自分だけのもの。
 それが、自分の歌にもつながるのだ……とも付け加えた。そうである以上、たとえ《夫》であろうとも邪魔をして欲しくない。そう考えているのだ、とも言い切った。
「ザラ様にしても、レノア様の研究の邪魔はなされないと聞いております。そのようなご両親をお持ちの貴方でしたら、私の世界を壊すようなことはなさらないと思っておりましたが……私の間違いだったのでしょうか」
 さらにこう問いかける。
 だとするならば、自分は《歌姫》としての立場を優先するしかない。
「キラには、私の仕事の手伝いもして頂いております。それが、貴方の存在で壊れてしまっては困ります」
 キラは人見知りが激しいのだ、と前にお伝えしたはずです……と彼をにらみつけた。
「今すぐお帰りください、アスラン・ザラ。そして、このたびのことは父だけではなくパトリック様にもお伝えさせて頂きますわ」
 後はもう話し合う必要はない。そう告げるように、ラクスは体の向きを変える。
「申し訳ありません。デュランダル様、クルーゼ様。せっかくのお祝いの席に、私のせいで余計な闖入者を呼び寄せることになってしまって……」
 そのまま、キラの保護者である二人に謝罪の言葉を告げた。
「いえ、ラクス様。お気になさらずに」
 そんな彼女に向かって、いままで口を開かなかったラウが微笑みとともにこう言い返してくる。
「それよりも、キラの側に行ってやってくれませんか?」
 何事があったのか不安に思っているだろう。そのせいで、途中で倒れては彼女がかわいそうだ……と彼は続ける。
「そうですね。あの子達の祝いのための集まりです。主役が途中退場と言うことになっては、本人が一番かわいそうだ」
 だから、できるだけひっそりと行う予定だったのに……とギルバートもため息をついた。
「この騒ぎがあの子の耳に届いていなければいいのだが」
 こう言いながら、ラウはラクスの背中をそうっと叩く。そのまま、彼はアスランへと視線を向けた。
「今すぐ、この場から立ち去って頂こうか。でなければ、私としても実力行使を取らなければならなくなるが」
 軍人である自分にかなうとは思っていないだろう? とラウは口にする。
「貴方は!」
「確かに、ザラ閣下は私の上司だが……さて、あの方は私を失ってもいいと考えておられるのかな?」
 そう言って笑うラウは、実力に裏付けされている余裕を見せていた。
「ザフトは私がいなくても運営されていくだろう。だが、私がザフトから離脱したとなれば、喜ぶのは地球軍だろうね」
 伊達や酔狂で、この地位にいるのではないのだ……と彼は続ける。
「……後悔されませんように」
「可愛い妹のためだ。後悔などしないよ」
 側にいることができない両親のためにも、と告げたラウの言葉にアスランが息をのむのがわかった。
「あの子も、そしてシンも、私たちにとっては大切な家族です。家族を守るために、私はザフトに入ったのでね」
 こう言って胸を張れるラウは、確かに恰好いいのかもしれない。シンが彼にあこがれるのはわかるような気もする、とラクスは思う。そして、レイはレイでギルバートを尊敬しているらしい。
 キラが目標にしているのはカナードらしいから、この家族はそれなりにうまくバランスが取れているのだろう。
 そう考えたところで、カナードが表に出てこないのは、きっと、アスランとも顔見知りだからだ、と今更ながらに気付く。彼の姿を見てしまっては、きっといいわけができない状況になるのだろう。
「では、今日の所はお引き取りを」
 慇懃無礼というのはこのような態度なのだろうか。そういいたくなる声音でギルバートは告げる。
「中に戻りましょう、ラクス様。そろそろ時間です」
 そのまま彼がこう言ってきた。
「そうですわね。レイとの打ち合わせもしておかないと……キラに何か気付かれてしまいますわ」
 アスランは放っておけばよろしい、とラクスは言い切る。そのまま、先頭を切って歩き出した。
 それでも、少しでも早く対策を取っておかなければ……と心の中で呟く。少なくとも、二人には迷惑がかからないようにしておかないと。キラにまで波及してしまう。
 そうも考えてしまうラクスだった。