海岸まで出てみれば、そこにはもう人影があった。
「遅かったな」
 相手の方も三人の姿に気が付いたのだろう。こう呼びかけてくる。
「すまない。子供を一人、拾ってきたものでな」
 放っておく訳にもいかなかったから……とカナードが素直に謝罪の言葉を口にした。そうすれば、相手は微かな笑いを漏らす。
「確かに。キラと同じくらいかな?」
 そういいながら、彼は視線をシンに向けてくる。予想以上に冷たい光をたたえているそれに、シンは思わず逃げ出したくなった。いや、キラが手をつないでいてくれなかったら、きっとそうしただろう。
「ラウ兄さん? シン君がどうかしたの?」
 お顔、恐いよ? とキラが付け加えたところから判断をして、自分だけがそう感じていたのではないとわかった。
「あぁ、すまないね、キラ」
 見事なくらい、あっさりと彼の瞳に浮かんでいた光がやさしいものへと変わる。
「キラが気に入ったのなら、大丈夫だね」
 そして、彼はこうも口にした。
 こんなにあっさり納得をしてもいいのか……とそう考えてしまう。それでも、彼等の間ではキラの判断が基準になっているらしい。
 家族によって基準は違うからしかたがないのか……とシンは心の中で呟く。
「キラは、人の感情に敏感なんだ。だから……今回も、俺たちだけは何とか助かったんだよ」
 流石に、両親までは無理だったが……とカナードがそっと囁いてくる。
「ラウ兄さんが、一番それを良く知っている。だから、キラが気に入ったのなら大丈夫だ、と言っただろう?」
 そういえば、そんなセリフも聞いたような気がする。
「隊長! 何者かがこちらに接近しています!!」
 でも、と思ったときだ。せっぱ詰まったような声が周囲に響いた。
「……オーブか?」
 隊長と呼ばれた……と言うことは、彼はそれなりの立場なのだろう。それにふさわしい口調で、聞き返している。
「いえ……識別信号がありません」
 この瞬間、クルーゼの表情が厳しいものになった。
「生存者の捜索に出ているものをすぐに呼び戻せ! カナード。その二人を連れて、すぐにボートに乗り込め」
 矢継ぎ早に彼は指示を出す。
「カナードお兄ちゃん……恐い……」
 なんか、やだ……と呟きながら、キラは彼にすがりついている。
「大丈夫だ。俺も、ラウ兄さんもいるだろう?」
 そんな彼女の体を抱き上げると、カナードはシンに視線を向けてきた。
「付いてこい」
 一言こう告げると、彼はそのまま歩き出す。その後を、シンも慌てて追いかけた。
「キラ、大丈夫なのか?」
 何か、ものすごく辛そうだけど……とシンはカナードに問いかける。黙っていることに耐えられないのだ。
「大丈夫だ。この緊張感に馴れていないだけだ」
 すぐに落ち着く……とカナードは言葉を返してくれる。しかし、その声の中にも、やはり緊張感が滲んでいた。
「その子を預かろうか?」
 ボートに乗り移ろうとしたカナードに、船上から声がかけられる。
「ありがとう。でも、大丈夫です。この子は、少し、人見知りをするので。それよりも、そっちの子をお願いします」
 流石に、シンまではフォローができない……と彼は正直に告げてくれた。それは適当にごまかされるよりもいいと思う。
「わかった。君――シン君だったね。おいで」
 こう言って、彼は手を差し出してくれる。
 自分一人でも移動できるとは思うが、ここでワガママを言って他の人の迷惑になっ手はいけない。だから、素直に彼の言葉に従った。
 そして、すぐにそれは正しかったのだ、とシンは思い知る。小さいだけに少しの体重移動でもボートが大きく揺れるのだ。
「すまないね。大きいボートだとセンサーに引っかかる可能性があるのだよ」
 シンに手を貸してくれた彼が苦笑とともにこう言ってくる。
「いえ……しかたがないです」
 状況が状況だったし……とシンは言い返す。
 そもそも、現状を知られたらかなりまずいはずなのだ。戦争にはならないだろうが、プラントとオーブの関係がまずくなる事ぐらいはシンでも考えつく。
「そうだな……」
 これがオーブの総意だとは思いたくはない……と彼は口にした。
「どうせ、セイランあたりが考えついたことだろう。アスハやサハクがこれを認めるわけがないからな」
 それに、カナードが口を挟んでくる。
「……それに、連中にしてもコーディネイターを完全に排除できないからな」
 そんなことをすれば、オーブを支える技術力は失われるだろう、と彼は続けた。
「なら、何で……」
「……お前のご両親もそうだったかどうかはわからないが、ここ数日のうちにオノゴロにやってきたものは、セイランのコーディネイターに対する対応に不満を持っているものばかりだったぞ」
 そんなものを処分することで、自分たちの立場を確保しようとしたのではないか……という言葉に、シンは怒りを隠せない。
「なんだよ! そんなことのために……父さんや母さん、それにマユが死んだのか?」
 キラの両親や、顔や名前もしらない多くの人たちも……とシンは口にする。
「……だから、少なくとも俺たちは生き残らなければいけない。でないと、それを証言できるものがいなくなるだろう?」
 今は無理でも、いつかはこの責任を取らせてやらなければいけない。カナードはそういいきる。
「不本意だが、そのための資料は……一応手元にある。ラウ兄さんの事だ。捜索に出た人たちも、それなりの装備を持っていったんじゃないのか?」
 おそらく、彼等もそれなりに現状を記録しておこうとしたのではないか。
「……もっとも、それも、俺たちが生き残っていなければ意味がないがな」
 ちっと小さな舌打ちとともにカナードがこうはき出した。
「カナード?」
 いきなりどうしたんだ、とそう思ったときだ。シンの耳にも、何かのエンジン音が聞こえる。それだけではなく、それは間違いなくこちらに近づいてきているのだ。
 ばたばたと、ボートに人が乗り込んでくる。
「大至急、移動だ。先ほど見つけた洞窟に隠れる」
 上からであれば、それでごまかせるだろう……とラウが指示を出した。

 しかし、ここまで徹底的に行うのか。
 それほど自分たちは悪いことをしたのか。
 そういいたくなる光景が目の前に広がっている。
「……せっかく、お花……」
 みんなのために植えたのに……と呟くキラの言葉が愚かだとは思えない。そんなことを口にしなければ、きっと、心のバランスを取っていられないのだろう。
「大丈夫だよ、キラ……お花の種は強いし……土の中にあるから、きっと、花が咲いてくれるよ」
 そんな彼女にこういう事で、自分もまた何とかバランスを取っているのだ。シンにはそれがわかっていた。