ラウとカナードが帰ってきたのは、日付が変わってからのことだった。 「お帰り。遅かったな」 何かあったのかね? といいながらギルバートが出迎えれば、二人とも目を丸くしている。それでも、我を忘れるほどではないらしい。 「今日は帰ってこない予定ではなかったのですか?」 カナードが即座にこう問いかけてきた。 「キラがパニックを起こしてしまった……とシンが連絡をしてきたのでね。仕事を放り出して来ただけだよ」 君達には連絡が付かない、とシンも危うくパニックを起こしそうになっていたからね……と付け加えればカナードの表情が曇る。 「君のせいではないよ、カナード。私が呼び出したのだからね」 彼が自責の念に包まれないように、という配慮だろうか。ラウがさりげなく言葉を口にしている。 「ですが……あの子達の面倒を見るのが俺の役目だったはずです」 まさか、ギルバートに仕事を放り出させることになるとは……と彼は続けた。 「いや、なかなかにいタイミングだったし……それに、ある意味おめでたいことかもしれないからね」 ともかく、部屋に移動しよう……とギルバートは提案をする。ここで立ち話をするよりもそのようがゆっくりと話ができるだろう。そう思ったのだ。 「できれば、何か飲むものが欲しいね」 「それならば、俺が?」 今からだと、メイドを起こすのも申し訳ないだろう……とカナードは言外に付け加える。 「いや。こいつの書斎には秘蔵の品があるはずだ。それをもらうからかまわないよ」 それよりも、君も同席しなさい……と付け加えられて、彼は渋々頷いてみせた。 「まったく、この男は……まぁ、半分はめでたい内容だからいいのか」 もっとも、もう一つの方はそういえない内容だがね……と付け加えながら、ギルバートは歩き出す。何も言わなくても、二人がその後を就いてきた。そのまま三人はギルバートの書斎へと足を踏み入れる。 「適当に座っていてくれたまえ」 こう言い残すと、書棚の一角へと歩み寄っていく。そして、棚を操作して、置きにある貯蔵庫を開ける。 「……そんなところに……」 あきれているのかいないのかわからない呟きをカナードが漏らした。 「内緒だよ。それと、料理に使うのは勘弁してくれるかな?」 流石に、これを料理に使われたら泣くに泣けない。そんな言葉を漏らしながらも、ギルバートはなれた手つきでグラスにつぎわける。 「それで?」 グラスを手渡せば、ラウが次の言葉を促して来た。 「不快な話とめでたい話、どちらから聞きたいかね?」 そんな彼に、逆にこう聞き返す。 「不快な話からにしよう」 そうすれば、気分直しができるだろう? と言う彼の言葉にギルバートは苦笑を浮かべる。 「では、そうしよう」 確かに、その方が自分的にも気持ちは楽だな……と頷いてみせた。そして、そのままソファーに身を沈める。 「アスラン・ザラだがね……どうやら、キラの顔を確かめたいと画策しているらしい。いや。既に、容姿については確認しているのかもしれないね」 写真だけであればいくらでも入手の方法があるだろう。彼の記憶の中にある《キラ》の姿よりも成長をしているし、何よりも少女らしくなってはいるが、その瞳の色だけは替えようがない。だから、確認しようとしているのではないか。 「それは、今までも変わらなかったのではないですか?」 ラクスにも声をかけていたようだし……とカナードが問いかけてくる。 「確かにね。だが、ザラ委員長にまでは働きかけたのだよ、彼は」 さらに言葉を重ねれば、流石の二人も眉を寄せてみせた。 「そこまでするか」 これは予想外だったのだろう。カナードがこうはき出す。 「……ザラ委員長は、どこまであの子の秘密に気付いているのだろうね」 こう言ってきたのはラウだ。 「それは君の方が詳しいと思うが……少なくともあの子がアスハの関係者だと言うことは知られているだろうね。しかし、あちらの方は気付かれてはいないはずだ」 そんなことになっていれば、キラだけではなくカナードやレイにも働きかけがあるはずだろうし……とギルバートは付け加える。 「なるほど……だが、あのお二人はオーブに戻る際、またIDを変えられたはずだな?」 「はい。俺もキラも、だからIDが変わっています」 ラウの問いかけにカナードは素直に頷く。 「そして、ここでもIDを取り直している。だから、アスランとしても直接的な働きかけをできないと言うことか」 良かったのか悪かったのか……とラウは顔をしかめた。 「ともかく、それに対し答えを返すまえにシンからの連絡が入ったのでね。あの子がPTSDを持ってると言うことは伝えてあるから、それを盾に断ることはできるだろう」 いくらなんでも、症状を悪化させるようなことをすれば、彼の政治生命がどうなるかわからないからね……とギルバートは冷静に告げる。 「そうか」 それは不幸中の幸いだったかもしれないね……とラウも頷く。 「それで、キラは?」 めでたい話と言うことも気になるし……と彼は付け加えた。 「あぁ、少し遅いが初潮が来ただけだよ。流石に、現実を目の当たりにしてショックを受けていただけらしい」 こちらも配慮が足りなかった、とギルバートは口にする。 「確かに、そうかもしれないが……それはめでたいことではあるね」 あの小さな子供が大人になったと言うことは……とラウが感慨深げに呟く。 「……それは父親のセリフです」 どう反応していいのかわからないのだろう。カナードはこんなセリフを漏らした。 「もっとも、あの子のためにはいいのでしょうが……流石に、いつまでもなければ、それはそれで問題でしょうし」 しかし、こうなるとフォローが大変だろうか……と彼は考え込んでいる。そういう彼は、ある意味母親なのだろうか。その表情を見つめながら、ギルバートはこんなことを考えてしまう。 「メイドのチーフに頼んだよ、それは。彼女は信頼できるしね」 それに、キラをかわいがってくれていたから大丈夫だろう……とギルバートは口にする。 「それと、ラクス様にもさりげなくほのめかしておこう。学校でのフォローをお願いするために」 そうであれば、大丈夫だろう……と告げれば、二人とも同意をするように頷いてみせた。 「ともかく、うるさい虫を追い払うためにも、さっさと特定の相手を決めておいた方がいいだろうね」 シンを説得する必要があるだろうか、とラウが呟く。 「それはカナードに任せよう」 「……わかっています」 あの二人の感情を考えれば、そう難しくはないだろう。だから、心配はいらないのではないか。それだけはいい話かもしれない。そう考えるギルバートだった。 |