「ギルバートさん……」
 慌てた様子で駆け寄ってきた彼の姿に、シンは思わず泣き出したくなってしまった。そのことで、どれだけ自分が不安を感じていたのかを自覚してしまう。
「シン君、どうかしたのかな?」
 何があったのか、と彼は性急に――だが、穏やかな口調で――問いかけてきた。
「レイが熱を出して……カナードさんはレイに薬を飲ませたところでラウさんに呼び出されて出かけたんだ。それからしばらくして、キラが「お腹が痛い」って言い出して……その後、何かあったらしくて、真っ青な顔で部屋に閉じこもった」
 いくら呼びかけても出てきてくれない。それだけではなく、泣き声も聞こえたから……とシンは付け加える。だから、申し訳ないがギルバートに連絡を取ったのだ、とも。
「カナードさんにもラウさんにも、連絡が付かなかったから……」
 ごめんなさい、と最後に言葉を締めくくる。
「いや、連絡をくれてよかったよ」
 二人がそのような状態の時に、子供達だけでは自分も不安だから……とギルバートは微笑んでくれた。
「君達を放ってカナードが出かけたことも気になるし、ね」
 確かに、普段の彼であればそのようなことをするはずがない。
 それでも慌てて出て行ったのだから、きっとものすごく厄介なことが起きているのではないか。シンですらそう判断したのだ。
 ギルバートであれば、もっと他のことも含めて何かに気付いているのかもしれない。
「ともかく、レイの様子を見てから、キラの所に行こうか」
 薬を飲んだのならば、おそらく熱は下がっているだろうが……と彼は付け加える。
「さっき覗いたときは、よく寝てました」
 取りあえず、額にぬれタオルを置いてきたが、またそろそろ取り替えてやった方がいいかもしれない。そんなことも考える。
「そうか。君がそういってくれるなら大丈夫だろうね」
 それでも、一応顔を見ておくか……とギルバートは付け加える。
「そうですね」
 彼の面倒をずっと見てきたのがギルバートだ。だから、保護者としてそうしたいのだろう……と言うことはシンにもわかる。
「レイも安心するかもしれないし」
 キラが側にいないから、不安に思っているかもしれない……とも付け加えた。
「そうだね。その後は、君がレイの側にいてくれるかな? キラの方には、私だけで行ってみよう」
 君には言えないようなことでも、大人である自分であれば放してくれるかもしれないし……とギルバートはやさしい口調で付け加える。
「ギルバートさん……」
「なに。君達よりも倍近く生きているからね。それに、一応は医師としての資格も持っている」
 体の不調であれば答えを返して上げられるだろうね……と彼は微笑む。
「そう、ですね」
 本音を言えば、自分に教えて欲しいとは思う。でも、確かに自分はキラよりもと死したで、経験も少ないからわからないことが多いことも否定できない。
「お願いします……」
 その事実が悔しい。そう思ってはいけないのだろうか。
「何。君にはこれからいくらでも可能性がある。大きくなってから、キラを守って上げら得る存在になれば、それでいいのではないかな?」
 自分たちだって、最初からこうなれていたわけではないのだから。ギルバートはそういってシンの頭を撫でてくれる。その暖かさが、少しだけ悔しさを感じさせた。だが、それ以上に安堵感を与えてくれたことも事実。
 いつかは彼等のようになれるのだろうか。
 シンは心の中でそう自分に問いかけていた。

 レイはたんに体調を崩しただけらしい。テロメアの問題は解決できているとはいえ、やはり、コーディネイターに比べると体が弱いと言っていい。だからといって、能力的に劣っているわけではないのが、彼にとっての不幸なのだろうか。
「まぁ……ラウという現実があるから、な。彼には」
 だから、自分も同じようにできるはずだと思っている可能性はある。
「もう少し成長をすれば、あるいは落ち着くかもしれないな」
 今は二次性徴前だから余計に不安定なのかもしれない。そんなことも考える。
「……と言うことは、キラも、かな?」
 彼女の方が年長である以上、そろそろあってもおかしくはない。それなりに話はしてきたつもりではあるが、やはり、現実となると状況が変わってくるのではないだろうか。
「これは、私ではなく、女性からの方がいいのかもしれないね」
 とはいうものの、ラクスには頼めない。後信頼できそうな女性……と言えば、思い浮かぶ人間はほとんどいないのだ。
「ともかく……当たって砕けてみようかね」
 それでダメであれば、ホーク姉妹の母君に声をかけてみてもいいかもしれない。キラだけではなくシンとレイも仲良くさせて貰っているのだから、そのくらいは聞き入れてくれるのではないだろうか。
 こんなことを考えながら、キラの部屋の前へと向かう。
「キラ。私だよ。入ってもかまわないかね?」
 ノックとともにこう問いかける。だが、やはり答えは返ってこない。それでも、ドアのロックがはずされる音が耳に届いた。
「入るよ?」
 それが入室の許可だと判断して、ギルバートはそっと中に足を踏み入れる。次の瞬間、自分の体を毛布で包み込んだ状況でベッドにうずくまっているキラの姿が確認できた。シンの言ったとおりに泣いていたのだろう。その目元が赤くなっている。これだと、明日には腫れ上がってしまうのではないかとそんな不安も感じてしまう。
「どうかしたのかな、キラ」
 それでも、やさしい口調でこう問いかけた。
「ギ、ル……さん」
 ひくっと小さくしゃくり上げながらキラは言葉を口にする。
「僕、病気なの……」
 続けられた言葉に『やはり』と心の中で呟く。
「お腹から血が出ているのかな?」
 さりげなく問いかければ、キラは小さく頷いてみせた。
「どうして、わかるの?」
「それは病気じゃないからだよ。キラの体が赤ちゃんを作れるようになったという合図だ」
 これから毎月あるから、なれないとね……とさりげなく付け加える。
「そ、なの?」
「そうだよ。それがないと、赤ちゃんを産めないからね。女の人にはみんなある」
 今、メイドの誰かにどうしたらいいかを教えてもらえるよう頼んでこようね……とやさしい笑みを向けた。
「だから、安心しなさい。それと、シンが心配そうだったからね。顔も見せて上げた方がいいかな?」
 きちんと説明をしていなかったから、不安になったのだね。すまない……と付け加えれば、キラは小さく首を横に振ってみせる。
「今、話をしてくるから……一人になるが大丈夫だね?」
 さらに問いかければ、キラは頷いてみせた。どうやら、病気ではないと言うことで安心をしたらしい。そんな彼女の髪を撫でると、ギルバートは立ち上がった。