ラクスからの通話が終わったところで、カナードは小さなため息をつく。
「やっぱり、諦めていなかったか」
 アスランは……と忌々しそうに呟いた。あの一件で、諦めてくれていればよかったのに、とも思う。
「死んだことになっているはずなんだがな、俺たちは」
 少なくとも、オーブの公式発表ではそうなっている。だが、実際にはこうして生きているし、キラにいたっては本来の性別で暮らすことにも違和感を感じないようになった。何よりも、いつでも幸せそうに微笑んでいるのだ、あの子は。
 しかし、そんなキラの隣に、再びアスランが舞い戻ってきたらどうなるだろう。
「キラだけではなく、俺もしばらくあいつの前には姿を見せられないか」
 でなければ、うまいいいわけを考えるか、だ。
「ギルバートに相談だな」
 彼であれば、自分が見逃していることも指摘してくれるだろう。それに、こちらの事情も全部の見込んでいてくれるのだ。
「ラウがいてくれれば一番いいんだが、しかたがない」
 彼は既にザフトの中でも重要な存在としてみなされている。それは、自分勝手に動けないと言うことだ。
 ギルバートにしてもそれは同じ事だ、と言っていい。
 彼も、次第に評議会内部での足場を強くしているようだ。もっとも、ラウとは違って、彼の方は同じアプリリウスワンにいる。だから、子供達と食事を取るために帰ってくることも可能だろ言っていい。
 それでも、彼が忙しいと言うことは否定できないだろう。
 だから、キラ達のことに関しては自分ができるだけ何とかしなければいけない、とそう考えていた。
「だからといって、勝手な行動取るわけにはいかないしな」
 彼等がキラをはじめとした子供達を大切にしていることはよくわかっている。それに、政治に関しては彼等の方がよく知っているのだ。だから、判断を仰げるのであれば仰いだ方がいい。
「相手が相手だしな」
 それだけ《ザラ》の名前は大きい。
 そして、相手がそれを使うことをためらわないと過去の言動からわかっていた。もっとも、それはあくまでも《キラ》に関することだけだからマシなのか。そう考えて、すぐにカナードはその考えを否定する。
「……たちが悪い」
 そちらの方が、周囲の評判はいいのだ。だから、月にいた頃はキラが何を言ってもあの子の方がおかしいと思われていたのだ。
 しかも、そんなキラを支えていたのが、あの子を追い込んだアスランだったという事実がある。それがなおさら気に入らない。
「十にも満たない子供が、そんなことをするなよな」
 それでも、彼は完璧に行っていたのだ。
 自分だって、最初は気がつかなかったのだからその徹底ぶりはたいした物だと感心するしかない。あの子供らしく限度を知らなかった。それだからこそ、ようやく自分が気付いたのだ。
 その事実は、今でも自分にとっては後悔の対象である。
 だからこそ、今度は失敗をしないようにしなければいけないのだ。
「……一番もの問題は、彼が帰ってくるかどうかか」
 取りあえず、メールだけでも入れておくか……とカナードは呟く。
 その時だ。
「カナードお兄ちゃん!」
 今帰ってきたところなのだろう。キラが自分の方へと駆け寄ってくる。
「これ、シンに貰ったの」
 そういいながら、腕に抱えていた小さな鉢植えを差し出した。
「よかったな」
 可愛らしいラッピングの中でスズランが揺れている。それは、月にいた頃、カリダが育てていたものと重なった。だからこそ、キラは彼に買ってもらったのだろうか。
「ちゃんと世話をするんだぞ」
 でも、ダメになる前にちゃんと相談をしろ……と付け加える。
「わかってる。母さんの手伝いをして世話をしたこともあるもん」
 それはちゃんと覚えているから……と微笑むキラの髪をカナードはそうっと撫でた。
「そうか。なら部屋に置いてこい。いつまでもビニールの中に入れておいてはかわいそうだぞ」
 この言葉に、キラはしっかりと頷いてみせる。そして、そのまま駆け出していった。
「転ぶんじゃないぞ」
 カナードは苦笑を滲ませながら彼女の背中に向かって声をかける。
「……余計なこと、したかな?」
 そんな彼の隣に、いつの間にかシンが歩み寄ってきていた。
「何でそう思うんだ?」
「……キラに、余計なことを思い出させたかな、ってそう思ったんだ。俺は、まだ……思い出すと辛いから」
 彼ははき出すようにこう呟く。その言葉の裏に隠されている意味に、カナードはしっかりと気付いた。
「大丈夫だ。少なくとも、あれはいい思い出とつながっている。それに……忘れてしまったら悲しいだろう?」
 大切な家族のことを。そう口にしながらカナードはシンの頭を引き寄せた。
「だから、幸せだったときのことはたくさん思い出せばいい。辛いことだけはさっさと忘れていいから」
 キラもそうしているだけだろう……とそっと笑いかける。
「しかし、あれは本気で喜んでいるぞ」
 よかったな……と付け加えれば、シンは少しだけ頬を赤らめた。どうやら、この子供の中でキラの存在がだんだん別のものになりつつあるらしい。
「頑張れ」
 思わず応援してしまうのは、自分自身もこの少年を好ましいと思っているからだろう。そんなことを考えながら、カナードは彼の肩をそっと叩いた。
 同時に、彼等にもっと時間を与えてやらなければ。そうも考える。
 キラのため、と考えれば間違いなくシンの方がいい。
 それが自分たちの共通認識だ。
 だが、アスランにとって見れば、自分とキラを邪魔するための邪魔者でしかないはず。だから、どのような手段を使って排除しようとしてくるかわからないのだ。
 その前に、この二人の絆をもっと強めておかなければいけない。
 もちろん、自分たちだって精一杯邪魔をさせてもらうが。
「レイは手強いぞ。まぁ、キラがあいつを『弟』としか見ていないからな。まだ、お前の方に分があるとも言えるが……」
 いつ逆転するかわからないぞ……と微かな笑いを漏らす。
「……頑張る……」
 そうすれば、シンはこう言い返してくる。
「楽しみにしているぞ」
 ぽんと、頭を叩いてカナードは彼を解放してやった。