花屋の店頭で、キラは何かを真剣に悩んでいる。
「キラ、どうかしたのか?」
 そんな彼女に、シンはそっと歩み寄っていった。
「あの花、可愛いなって思って……」
 そうすれば、彼女は柔らかな笑みとともにシンを見上げてくる。そして、言葉とともにある鉢植えを指さした。
「スズラン?」
「そう。毒があるって言う話だけど……見ているだけなら可愛いよね」
 月で、母さんが窓辺で育てていたんだ……とキラはそう付け加える。あるいは、そちらの方がキラにとっては重要なのかもしれない、とシンは思う。
「そうなんだ」
 こう言いながらも、さりげなく鉢に付けられている値段を確認する。それは、地球にいた頃に比べれば高い。だが、ギルバートがくれるお小遣いでも十分に買える値段だ。
「ちょっと待ってろよ、キラ」
 こう言い残すと、シンは花屋のドアをくぐる。
「シン?」
 どうしたの? とキラの声が彼の背中を追いかけてきた。
「すいません。そのスズランなんですけど」
 それにはあえて答えを返さずに、シンは店員を捕まえると声をかける。
「プレゼントにするんで、ラッピングしてもらえますか?」
 この言葉がしっかりと耳に届いたのだろう。
「シン! いいよ……欲しいなんて言ってないし……」
 キラが慌てたようにこう言ってくる。視線を向けなくても、頬が上気しているだろう事は想像がついた。
「あらあら。可愛いわね」
 そして、それが間違っていないと言うことが店員の態度からもわかる。
「どれがいいかしら。花が咲いているのよりは、少しつぼみがある方が長めに楽しめるわよ」
 こう言いながら、彼女はスズランの鉢をいくつかカウンターに持ってきてくれた。
「そうですね。なら、これ……かな?」
 その中の一つを指さしてシンは相手の顔を見つめる。
「そうね。それなら、花も咲いているし、つぼみもあるし……まだまだ花芽が出てきそうだからいいかもしれないわ」
 ここにあるでしょう? と指さして教えてくれ店員は優しい人なのかもしれない。
「リボンはピンクでいい?」
「お任せします」
 自分だと、女の子がどんな風にしてもらえれば嬉しいのかわからないから……と付け加えれば、店員は苦笑を浮かべる。
「ダメよ、それじゃ。もう少し、頑張らないと」
 だから、何を頑張れと言うのですか……とシンは心の中で呟く。だが、店員のアドバイスは止まることはない。そして、その手の動きも、だ。本当にあっという間に、綺麗にラッピングされたスズランの鉢植えがシンの前に置かれる。
「えっと……支払いは、これで……」
 現金も持っているが、何かのことを考えたら、カードの方がいいだろう。そう思って、預けられているカードを差し出す。
「ありがとう。今度は、別のお花も買いに来てね」
 社交辞令かもしれないが、彼女の言葉はそれなりに役に立ちそうだから……とシンは頷く。そして、カードと鉢植えを受け取るとキラの元へと戻った。
「ほら」
 ラッピング事それを差し出せば、キラは少しだけ困ったような表情をする。
「シン……」
「いいんだよ。ちょっとずれちゃったけど、誕生日のプレゼントって事で」
 大事にしてくれると凄く嬉しいけど……と付け加えれば、キラはふわりと笑ってみせる。
「ありがとう、シン」
 大切にするね……という言葉とともに、それをしっかりと抱きしめた。
 その表情を見た瞬間、こんなことでいいんだ……とふっと思う。レイのようにあれこれできなくても、キラに喜んでもらえることはあるんだ……と心の中で付け加える。
「咲いたら、見せてくれよな」
「もちろん」
 でも、水やりとかを忘れないように声をかけてくれると嬉しい……とキラは恥ずかしそうに付け加えた。
「わかってるって」
 シンはこう言って笑う。
「それよりも、そろそろ帰らないとカナードさんが心配するぞ」
 今日はレイもいないから……とシンはキラに向かって手を差し出す。
「そうだね。本当にみんな、過保護なんだから」
 一人でも大丈夫なのに……とキラはため息をつきながらも、そっと手を重ねてくれた。
「しかたがないよ。うちだと、女の子はキラだけだろ?」
 だから、どうしても心配するんだって……とシンは口ににする。それでなくても、キラは可愛いんだし……とも。
「可愛いのはラクスだと思うけど」
「あの人は、な。確かに可愛いけど……なんて言うのか、別方向だから。ぬいぐるみの可愛らしさと花の可愛らしさと別だろう?」
 うまいたとえとは思えないけど、自分の中にある語彙ではこれが精一杯だよな。そう思いながら、シンは言葉を口にする。これがレイならば、きっと話は別なんだろけど、でも、自分は自分だよな、とも心の中だけで付け加えた。
 だから、自分にできることを探しておこう。そうも考える。
「ラクス様の可愛らしさは……遠くから見て『可愛い』って言う感じなんだよ、俺には。キラは、側にいてぎゅってしてやりたい『可愛い』なんだって」
 自分にとっては、側にいてぎゅっとする方がランクが上なだけ……ともシンは付け加えた。
「シンって……変わってる?」
 しかし、真顔でこう言い返されると少し落ちこむかもしれない。
「でも、嬉しい」
 だが、それも一瞬のことだ。キラがこう言って微笑んでくれる。
「キラが笑っていてくれるなら、俺も嬉しい」
 だから、言葉とともに微笑みを返した。